超弦理論
概論
超弦理論が登場する以前に最も小さなスケールを記述した理論は場の量子論であ る。そこでは粒子を点、すなわち点粒子として扱ってきた(局所場の理論に代わる、 広がりを持った粒子の概念を導入したS行列理論や非局所場理論などもあった)。 一方、超弦理論では粒子を弦の振動として表す。1960年代、イタリアの物理学者、 ガブリエーレ・ヴェネツィアーノが核子の内部で働く強い力の性質をベータ関数で 表し、その式の示す構造が「弦 (string)」によって記述されることに南部陽一郎、 レオナルド・サスキンド、ホルガー・ベック・ニールセンらが気付いたことから始 まる。
弦には「閉じた弦」と「開いた弦」の2種類を考えることができ、開いた弦はスピ ン1のゲージ粒子(光子、ウィークボソン、グルーオンなどに相当)を含み、閉じ た弦はスピン2の重力子を含む。開いた弦の相互作用を考えるとどうしても閉じた 弦、すなわち重力子を含まざるを得ない。そのため、強い力のみを記述する理論と 捉えることは難しいことが分かった。
逆に言えば、弦を基本要素と考えることで、自然に重力を量子化したものが得られ ると考えられる。そのため、超弦理論は万物の理論となりうる可能性がある。超弦 理論は素粒子の標準模型の様々な粒子を導出しうる大きな自由度を持ち、それを元 に現在までに様々なモデルが提案されている。
このように極めて小さい弦を宇宙の最小基本要素と考え、自然界の全ての力を数学 的に表現しようというのが、いわゆる弦理論(超弦理論、M理論を含む)の目指す ところである。
この理論の想定する「ひも」の大きさが実証不可能に思えるほど小さい(プランク 長程度とすると 10-35m)ことなどから、物理学の定説としての地位を得るには至っ ていない。また今後実証されるかどうかも未知数の理論である。

基本的な説明
一般相対性理論と量子力学の折り合いをつけた理論(量子重力理論)を構築するこ とは、物理学者を悩ませていた大問題であった。超弦理論は、その問題を解決する 可能性をもった理論である。
超弦理論には5つのバージョンがあり、それぞれタイプI、IIA、IIB、ヘテロSO(32)、 ヘテロE8×E8と呼ばれる。この5つの超弦理論は理論の整合性のため10次元時空 が必要である。空間の3次元に時間を加えた4次元が、我々の認識する次元数であ る。我々が認識できない残りの6次元は、カラビ・ヤウ多様体により量子レベルで コンパクト化され、小さなエネルギーでは観測できないとされる。また、11次元超 重力理論をその低エネルギー極限に含んだM理論は更に1次元を加えて合計11次 元を必要とする。これら6つの理論は様々な双対性によって互いに繋がっている。
超弦理論の5つのバージョンを統合するものとしてM理論が注目されている。 弦の振動は、コンパクト化されている6次元により制約を受け、その振動の形によ り、特定の量子を形作っている。超弦理論では基本的物体は1次元の弦であったが、 M理論では加えられたもう1次元によって基本的物体は2次元の膜であると提唱さ れている。

また超弦理論で表記される10次元中にはDブレーンと呼ばれる様々な次元の拡が りを持ったソリトンが存在する。Dブレーンは、もともと1次元の弦が端点を持ち うる空間として定義されているものだが、重力子等の閉じた弦はこの空間に依存せ ずにブレーン間を往来する。 超弦理論は重力の量子論の有力な候補であり、現時点でも特殊な条件の下でならブ ラックホールのエントロピーに関する問題に答える事ができる。ブラックホールの エントロピーは表面積に比例しているが、この事実をDブレーンに張り付いた弦の 状態を数え上げる、という方法で導き出している。これは熱力学のエントロピーを 統計力学の手法で導き出すことに対応している。

宇宙論への応用
ブレーン描像を宇宙論に適用した理論は、ブレーンワールドと呼ばれ、典型的な模 型では我々はこのブレーンの上に住んでいることになる。またこのモデルでは、量 子力学で使われる3つの力に対して、何故重力が極端に弱いのかを説明がつけられ るとしている。つまり、他の3つの力、即ち、電磁気力(電磁力ともいう)、弱い 力、強い力に比較して弱いのは、他の次元にその大半が逃げてしまっているためと 考えられる。
これに関連して、例えば宇宙論のインフレーションをブレーンの運動で捉えるなど、 様々な研究がなされている。なお、ビッグバンは我々の存在する宇宙が所属する膜 と他の膜の接触によるエネルギーが原因で起こったとするモデルもあり、エキピロ ティック宇宙論と呼ばれている。通常のインフレーションを導出しようとする試み も進行中である。

歴史
カルツァ=クライン理論
詳細は「カルツァ=クライン理論#歴史」を参照 超弦理論は10次元時空でのみ理論が定式化されるため、超弦理論に基づいた多く のモデルでは、現実の4次元時空を導くために「カルツァ=クライン理論」のアイ デアを応用している。
1919年、テオドール・カルツァは5次元時空上での一般相対性理論(重力)を、4 次元時空では、マクスウェル方程式(電磁気力)を考えるという理論のイデアをア ルベルト・アインシュタインへの手紙の中で明らかにした。論文はしばらくアイン シュタインの机の中にあったが、その後アインシュタインの助力を得て1921年に 発表された。
1926年になって、オスカル・クラインがカルツァの理論を修正して五次元時空の 理論に余剰次元を非常に小さなスケールに折りこむというコンパクト化の理論を 組み込んだ理論を発展させ、カルツァ=クライン理論として知られるようになった。

弦理論初期
詳細は「弦理論#歴史」を参照
1950年代末から1960年代にかけて強い相互作用をする粒子(ハドロン)が多く発 見され、それらの分類とその構成の成り立ちについての考察が始められた。超弦理 論の元となった弦理論は、こうした粒子間に働く強い力の性質を記述するために考 え出された。
まず、1950年代はじめにトゥーリオ・レッジェは、ハドロンの散乱実験において、 共鳴状態の静止質量の2乗とスピンとの間に直線関係があることを見出した(レッ ジェ軌道)。1968年にイタリアのガブリエル・ヴェネツィアーノは、レッジェ軌道 を再現する非常に簡単な公式で「散乱振幅」として表現した(ヴェネツィアーノ振 幅)。
その公式を元に、ハドロンは振動する弦であると発表したのが、1970年の南部陽 一郎、レオナルド・サスキンド、ホルガー・ベック・ニールセンである。それぞれ 独立に発表された彼らの弦理論では、ハドロンは粒子ではなく振動する弦から構成 され、粒子はそれぞれの振動モードに対応するというものであった。ただしこの理 論では、弦の振動に理論の不安定性を表すタキオンが含まれるという欠陥が内包さ れていた。
南部らの弦理論ではボース粒子のみを記述していてフェルミ粒子は扱えないとい う問題もあったが、当時はフェルミ粒子を含めてボース粒子以外の記述を弦理論を 拡張することで解を得ようという学者は少数派であった。1971年に、フランスの P.ラモン、A.ヌヴォ、アメリカのJ.シュワルツの3人によってボース粒子とフェル ミ粒子の両方が扱える模型が提唱された。この模型が、超弦理論へと発展していく ことになる。

第1次ストリング革命
1984年、グリーンとジョン・シュワルツによって、10次元の超重力理論および超 弦理論でアノマリーのない理論が存在することが示されると、超弦理論は脚光を浴 びるようになった。 特にE8×E8のゲージ場を含むヘテロティック超弦理論におい て、理論の定義される10次元のうち余分な6次元をカラビ-ヤウ多様体でコンパク ト化した理論は、低エネルギーで の超対称性を持つ理論が導かれ、重力を含 む統一理論の候補として盛んに研究された。 しかし、余分な6次元がコンパクト化されるメカニズムが不明であること、コンパ クト化として可能な多様体の種類が無数にあり、その中から1つを選び出すことが 摂動論の範囲では不可能であることなどの困難が存在した。

第2次ストリング革命
1995年、 ポルチンスキーによりDブレーンが超弦理論のソリトン解であることが 示され、また、ウィッテンによりこれまで知られていた5つの超弦理論を統一する 11次元のM理論が提唱されると、超弦理論は再び脚光を浴びることとなった。こ の2つは、それまでに予想されていた種々の双対性(S双対性、T双対性)と組み合 わせることで、これまで摂動論の範囲でしか定義されていなかった超弦理論の非摂 動的な性質の理解を深めることとなった。また、Dブレーンの低エネルギーでの性 質は超対称ゲージ理論で記述されるため、ゲージ理論を用いて超弦理論の性質を調 べること、逆に、Dブレーンの適当な配位を考えることでゲージ理論の非摂動的な 性質を調べることが可能となり、精力的に研究された。
このDブレーンは、ブラックホールのエントロピーの表式を統計力学的に導出する 際にも用いられ、超弦理論が重力の量子論であることの傍証となった。また、マル ダセナによるAdS/CFT対応は、まったく別の理論である超対称ゲージ理論と超重 力理論が、ある極限のもとで等価となることを予想し、超弦理論や重力理論、ゲー ジ理論に対して新しい知見を与えることとなった。

現状
超弦理論は、現時点では観測や実験事実を説明するまでには至っていないが、上記 のようなブラックホールの問題への回答、宇宙論や現象論の模型への多大な影響、 そしてホログラフィー原理の具体的な実現など、その成果を挙げるにはいとまがな い。超弦理論に懐疑的な発言をしていたスティーヴン・ホーキングも、近年は超弦 理論の成果を用いた研究を発表している。
一方で、『ストリング理論は科学か』を執筆したピーター・ウォイト、『迷走する 物理学』を執筆した物理学者リー・スモーリンのように、超弦理論は現実的に検 証不能なだけでなく、物理学研究全体に有害であるとする反対派・懐疑派も存在し ている。

問題点
『超弦理論』では現在のところ観測されていない10次元といった多数の次元を必 要とする点で問題がある。超高エネルギーでの実験が可能ならばそのような次元を 直接確認し、理論を検証できる可能性があるが、21世紀初頭の技術的展望では不可 能だとされている。
超対称性理論と同様に、現在観測されている素粒子の倍程度の新粒子の存在を予言 する。
重力の量子論の有力候補とされているものの、現在の超弦理論は背景依存の理論形 式であり、背景独立でない理論は真の量子重力理論にはなり得ないという批判があ る。
カラビ-ヤウ空間の形状などに依存して、膨大な数の超弦理論が存在し得る。そのよ うなパラメータを調整して、我々の宇宙の物理法則と適合する超弦理論を選び出す ことは計算量の面から非常に困難なことが判明している。膨大な数の超弦理論が、 それぞれ別の宇宙を表すとの考え方もあるものの、我々の宇宙の法則を得られなけ れば、実用理論としては意味が無いかもしれない。 このため超弦理論を物理学の仮説として扱うことに疑問を持つ物理学者も多い。ま た弦理論の業績に対しては現在のところノーベル物理学賞は与えられていない。弦 理論に重要な貢献を果たした南部陽一郎、デビッド・グロスらは別の業績で受賞し ている。
しかしながら、現在も探求が行われている分野でもあり、かつまた、その研究の発 展は数多くの大統一理論及び、超統一理論の候補の1つとして、今も数多くの研究 が行われている。