○読んだ本・眺めた本

2011年11月03日

 高橋輝次 『ぼくの古書探検記』
大散歩通信社刊、1,800円

大散歩通信社刊、1,800円
 古書エッセイスト高橋輝次の最新作である。まず表紙がよい(装画、林哲夫)。下町の裏通りにある古書店から、著者が紙袋を下げて、ゆったり出てきたところ。期せずして古書愛好家一般の肖像画となっている。

 内容は豊富で、いつもの通り主としてマイナーな文学者や出版者の話題である。冒頭の「それぞれにとっての林芙美子像」などは(けっして林芙美子がマイナーというのではなく)、芙美子の男関係にふれた何冊かの文献を紹介する、その丹念な手さばきが著者の身上なのだ。

 平林たいこぐらいは読んでいるが、和田芳恵、菊田一夫、沖塩徹也、大江賢治などになると、敵わない。ましてや山下愛子の『小さな窓』(楡の木、1970)となると、もう高橋ワールドである。この山下という女性は「婦人公論」の読者を中心に「白雪会」というサークルをつくって、24年間その世話をしてきた人ということだ。

 昭和十一年十月、白雪会主催で売れっ子の評論家杉山平助と林芙美子の講演が行われた。杉山の演題は「新恋愛論」、芙美子のは「私の感想」という短いものだったが、「沢山の聴衆の前で講演するのは初めてだ」ということで、相当な緊張ぶりだったという。翌日も同じ題で富良野市に小学校で講演したが、杉山の講演のあいだ廊下をブラブラしていた芙美子を見て、宿直の男たちは「産婆さんの衛生講話か」と思ったらしい。それを杉山と話していて、しんみりした口調で芙美子は「ひょっとしたら、それが私の柄なのね」といったそうな。

 ついでに大江賢治の『故旧回想』(牧野出版社、1974)を引用しておこう。ある日大江は芙美子から浦和荘のうなぎ屋に案内されたが、そこで酒をじゃんじゃん振る舞われていい気分になったところで、突然大胆に誘惑された。「本書の口絵写真を見ると、氏は若き日の毛沢東みたいな風貌なのできっと魅力があったのだろう」。これは彼女の告白によれば、夫が娘にたいな女中をはらませたので、意趣返しのようだった。大江は拒んだだのだが、「この姐御はうなぎ屋でももてなしがだめだったから仕返しをたくらむなどということもなく、むしろ私をいっそう可愛がってくれた、よく創作のコツを教えてくれた」

 大江の芙美子観にはなかなか含蓄があり、よくその本質を把握しているが、ここでは省略したい。このような文献を一冊ずつ発掘し、その魅力を発見する著者のまなざしに、一種暖かいものが感じられるということが重要であろう。これは本書の全体に通じる魅力となっている。

*高橋輝次氏――『編集の森へ』(北宋社)、『古書と美術の森へ』(新風舎)、『著者と編集者の間』(武蔵野書房)、『誤植読本』(東京書籍)、『関西古本探検』(右文書院)などの著書、『古本屋の自画像』(燃焼社)、『原稿を依頼する人、される人』(燃焼社)などの編書、『書影でたどる関西の出版社100』(創元社)ほかの共著がある。