○コラム

2016年06月09日

 老いのグレーゾーン(1)白内障手術
保護用メガネの例

保護用メガネの例
 白内障の手術を受け、右眼が約1ヶ月、左眼が20日間ほど経過した。幸い順調なので、これから同じことをしたいという方々のご参考に、経験したことの一端を記しておきたい。

◆思ったより大変だった
 眼科専門の医院で定期検診のさい、「白内障が出てますよ」といわれたのは2年ほど前のことだが、あまりピンと来ないで、近眼用のメガネを新調することばかり考えていた。新調といっても、遠近両用となると廉価なものではない。ためらっているうちに昨年秋ごろ、「もう手術しても早過ぎはしませんよ」といわれてしまった。

 昨年の前半から夏にかけて、いろいろ心労が重なったので、白内障の症状もだいぶ進んだに相違ない。すぐにも手術をと考えたが、折悪しく移転話が持ち上がった。一口に移転といっても、四十年間住んだ土地を離れ、三万冊の蔵書を処分しなければならないのだから、半生に経験したことのない“大難”である。もう白内障どころの騒ぎではなく、優先順位を後回しにしてしまった。これが第一の間違いだった。

 蔵書処分については、別に記すところがあるので、途中経過は略す。引越作業(12月初旬)や諸手続が8割がた済んで、ようやく移転先の眼科医に行く暇ができたのは、2月に入ってからだった。「手術のできる提携医を紹介しますが、入院と日帰りのどちらがいいですか?」といわれた。入院は1日で住むので、計2日。地元の大学病院で、徒歩通院も可能だ。日帰りなら横浜市営地下鉄で1時間余の専門医院である。調べてみると、どちらも評判はよいのだが、入院嫌いの私は後者を選んだ。

 早速その病院(I医院)に出かけたが、非常に人気のある名医で、待ち日数は何と三ヶ月。実施は五月に入ってからだという。まあ季節的にはそのほうがよかろうと思い、仕事の日程を調整することにした(なお、以下の記述をお読みいただけばおわかりのように、真夏と厳冬は避けたいものである)。

 しかし、三ヶ月は思ったより大変だった。高齢者の常とはいいながら、いくつもの病気をかかえているし、移転に伴う雑事(法的手続)も完了していない。99歳で逝った義母の納骨(長距離バスでしか行けない近県の山寺)も控えている。時期的に確定申告とも重なる。いずれも弱った視力では対応がむずかしいものばかりだ。折から3〜4月の気候不安定の時期なので、体調は自分でもコントロールできないという始末。なぜもっと早く手術をしなかったのか、後悔先に立たずの思いだった。

◆単焦点か、多焦点か
 細かなことは飛ばして、手術前に初診日を含めて計4回診察や説明会があった。眼科手術には必ず近親者ほかの付き添いが要求されるのは当然だが、私のように子どもがいない、老老介護の典型のような夫婦には、通院自体が一日がかりの厄介な仕事となる。説明会では手術の流れと、細かな注意の後に、最後に院長の診察日がある。I医院は院長だけが手術を行う。このころまでに、患者は眼内レンズの種類について、単焦点にするか、それとも多焦点かをきめておく必要がある。費用は健康保険(1割負担)で片眼1万五千円。単焦点は高度治療となるので保険はきかず、両眼で73万円となる。

 単焦点にするか、多焦点にするか、非常に悩ましい問題である。経費についてはは高額医療制度も利用できるので、どうしたら個々の症状や職業などに最適のレンズを選ぶかということになる。私はパソコン操作や読書を主体にしたいので、そのむね院長に告げると、、「それでは単焦点がよいでしょう」と断定的にアドバイスしてくれた。I医院では患者の9割ぐらいまでが単焦点で、好結果を出しているという。

 手術の3日前から目薬の点眼(右眼だけ)がはじまる。ベガモックス(抗菌剤)やリンデロン、ジクロード(いすれも抗炎剤)を朝・昼・晩・就寝前の4回入れる。少し以前まではなかった薬で、感染やむくみを防止できる。

 手術の前日午前中に来院時間の通知がある。朝食はとらないのが普通だが、時間帯によっては軽く済ませておくようにいわれる。服装は前開き可能なシャツ類とされる。

◆「あっ、いまレンズが入った!」
 いよいよ当日、手術患者用の待合室に案内され、看護師の指示通り、テーブルに用意されている消毒剤で入念に手首から上の消毒を行った後、術前の目薬3種を、3分おきに点眼する。ちゃんと砂時計も用意されている。

 予定より1時間以上も待たされた後、ようやく控え室に通される。ブルーのキャップをかぶせられ、手術の概略をDVDで見たりしているうちに、名前を呼ばれる。手術室に入ると、まずスリッパに履き替える(シンプルで靴ベラ不要な靴がいい)。医者・助手・看護師など合わせて数人だが、一様に青い手術着とマスク姿なので、誰にともなく一礼し、助手の案内で椅子に腰掛ける。院長が低い声で「大丈夫ですよ…もっとリラックスして…肩の力抜いて…手術中は眼を開いていてくださいね」などという。

 顔面を拭われ、「それでは麻酔を入れます」という声とともに液体が入ってくる。やがて「では、行きます!」という声がかかると、看護師が一斉に「お願いします!」と叫ぶ。安心はするけれど、緊張するなというほうが無理だろう。角膜のあたりにわずかに圧迫を感じる。機械音はまったくない。いまDVDで見たメスが侵襲する瞬間か…と思うが、視界には小さなイルミネーションの輪が点滅しているだけである。

 ときどき「水を流しまーす」と、かなりの量の水が入ってくる。痛みはまったくないが、かすかな圧迫感がある。「いま、わるくなった水晶体を掻き出しているんだろうか」などと思っているうちに、「それでは入れます!」と院長の声がかかり、再び緊張感を覚える。あらかじめ教えてもらっていたのだが、眼内レンズを畳んで特別な注射器の中に入れておき、それを水晶体嚢の中に注入するのだ。「あっ、いまレンズが入った!」という瞬間があったが、あくまで私の主観かもしれない。

 10分か15分後、「はい、終わりましたよ! お疲れさま!」という声とともに眼の周辺に置かれた保護布が取り除かれると、ほとんど同時に天井から下がっている手術用照明のアームがクッキリと眼に入った。「ああ、成功したか」という安堵のため息がもれる。

 医師と看護師に頭を下げて椅子から降り、歩き出そうとして少しばかりフラついた。視野が格段に明るく、まぶしかったせいもある。

◆洗髪洗顔は3日間禁止
 明るいばかりでなく、色彩が美しく感じられたのは想像以上だった。とくにシアン系の色が鮮やかで、高校生時代にイギリスの絵画複製の青色が、見事な発色だったことを久しぶりで思い出し、ずいぶん長いあいだ我慢していたんだなあと感慨しきりであった。この点だけでも、白内障手術は早く受けたほうがよい。

 術後のケアはやや煩雑だった。ごついゴーグル(保護メガネ)を借り、眼の下に涙抑えの絆創膏を貼った憂鬱な姿で、電車に乗って帰宅である。おどろいたのはすごい血眼だが、これは心配ないらしいが、人に見られたくない人はサングラスを用意したほうがよい。

 お腹がすいていても、外食禁止とあっては、コーヒー1杯さえ我慢しなればならない、さらに、当日は入浴も洗髪も洗顔も禁止。夜間は眼帯をつけて寝なければならない。一日四回の点眼は継続で、翌日と一週間後には、事後検診も受けなければならない。

 なお、1週間は外出しないほうがよいといわれる。人混みに出たり、車の運転をしたり、力仕事をしたりするのも、約2週間は禁止というが、これは現実には不可能だという人も多かろう。なお、保護メガネは普通の素通しの伊達メガネの上部隙間を、透明のプラスティックで覆うようにしたものを、薬局でもネットでも廉価で売っている。ゴーグルでは嫌だという人は、早めに、眼科医付近の調剤薬局で用意したほうがよい。100均では「オーバーサングラス」といって、通常のメガネの上からかける商品も売っている。

 入浴は翌日は首から下だけ、洗髪洗顔は3日間禁止なので、対策としておしぼりを何枚か用意し、就寝前に清拭するとよい。点眼前には手を洗う必要があるので、夜間や外出に備えてウェット・ティッシュを購入しておくのもよい(いま100均では携帯用の薬品容器も売っている)。私はアブラ性なので、ペーパー洗顔を用意した。

 目薬(抗菌剤)は上記の3種類で、当初は一日4回さす。片眼だけでも1日延べ12本で、うち1本は冷蔵庫などの冷暗所に置く必要があるので、これらも100均で小さなタッパーを手に入れ、きちんと整理したほうがよい。さもないと湿気と薬物の成分で、ベタベタになり、指に付着すると抗菌も怪しくなる。

 おしぼりにせよ、タオルにせよ、清拭のさいには両眼を固く閉じて、水滴やしぶきが眼に入らないようにする。洗顔が大丈夫となっても、顔をぬらしたまま眼を半分開いて、タオルを探すというような行動も控えたほうがよい.。いまはめったに雑菌に感染することはないらしいが、油断は禁物だ。私の姪などは数年前、白内障手術を無事終えてから、さて駅の入口にやってきて「あら、雨かしら」などと空を見上げた途端、駅舎の屋根から流れ落ちてきた雨水が一滴、モロに眼に入ってしまった。それから後の大混乱は想像するまでもなかろう。

◆古いメガネもお役に立つことが
さて、私の場合、左眼の手術は10日後(5月20日)だった。片方の眼が直っただけでは、左右の視力がいちじるしく不均等になったため、非常に疲れた。両眼がよくなってからは、また別種の違和感が伴った。中近のテレビや遠景などはメガネ不要となったが、読書をしたり、パソコンを操作したりする手許30〜40センチは若干ピントが合わないのである。この応急対策には数年前つくった古いメガネが役に立っている。

 それよりメガネを新調すればよいと思う人もあろうが、前述の通り、まだ術後1ヶ月程度しか経っていないので、今後視力がどのように変化するか、見極めないことには新調のしようがないのである。

 ここまで記して、すでに疲れた。どうやら目薬を入れる時間のようだ。