○コラム

2017年03月08日

 平成とは何であったか


 天皇の退位問題がすっきりしないが、この問題を天皇自ら公にされたとき、たまたまネットを見ていたら、平成世代の「おれたちの年号ももう終わりかよ」といった感傷的な意見が多く、本来の退位問題についての感想なんかそっちのけだったのにはおどろいた。気がついてみると、役所はいうまでもなく、銀行その他の企業の書類にしても、日付は平成だけとなっていて、西暦併記などは思いもよらないという事態になっているようだ。昭和から平成への改元時にかまびすしかった元号廃止論など、夢のまた夢。退行現象というしかない。

 以下に引用するのは、2000年に読売新聞に寄稿した拙文(「平成」と名のつく本)だが、その後17年、平成文化に大きな進展はなかったようだ。国会図書館のデータベースでは、「平成」と名のつく資料は約97万点に達しているが、詳細を見ると何のことはない、お役所の「平成○年度××について」といった報告書の類ばかりで、それ以外の創造的な、作品性の高い出版物として「平成」を冠したものは微々たるものでしかない。

-----------------------------------------------------------------------------------------

小渕前首相が亡くなったとき直ちに思い出したのは、竹下内閣の官房長官時代に昭和から平成へと年号が変わったさい、記者会見で「平成」と墨書した紙を掲げた姿だった。

 以来十二年。「平成」と名のつく本がどれくらい出ているかが気になり、私自身の書棚を見ると、年表類が二冊見つかった。いずれも昭和時代の単なる延長として平成を扱っているだけだ。

 インターネットで検索してみると、『平成教育事情』『平成教育維新』といった書名が見つかった。テレビの人気番組だった「平成教育委員会」も活字化されている。

 ほかの分野では『平成重大事件史』などの事件ものが目についた。政治経済、実用書、コミックなども数十冊出ているが、それほど目立たない。「平成文学」「平成文化」といった概念が生まれていないためと思われる。

 思えば「明治」が回顧や研究の対象となったのは昭和の初期からで、その「昭和」の歴史を研究する機運が生じてきたのは、戦後もようやく十年を経過したころからだ。このペースでいくと、平成と名のつく本が充実するには、あと十年を要することになる。

 ちなみに、平成という名のつく会社や商店もまだ少なく、出版社や書店などはほんの一、二例を数える程度のようだ。
 それにしても「平成」を冠した本が、まず「教育」と「事件」という二つの分野に出現しているのは、時代相を正確に表わしているような気がする。