「 その先にあるもの 」
 笠岡市立吉田小学校  原 田 清 美
 平成28年4月。新任教頭として本校に赴任した。初の教頭職で,覚悟はしていたものの,様々な場面でお呼びがかかる。不慣れな仕事も少なくない。中でも修繕関係は苦手分野だが避けて通れない。加えて,本校は市内でも有数の「伝統ある校舎」のため出番は多い。少しでも自力で解決しなければと,工務店級の教諭に手ほどきを受けながらも,不器用さを痛感する日々。
 そんなある日。「教頭センセー!釘が出とるけえソックスが引っかかった。」という児童の声。行ってみると靴箱前に敷いている「すのこ」から釘の頭が浮き出ている。金槌を使って打ち込むと,なんと別のところから釘がにょきにょきと出てくる。その釘を打ち込むと,さらに別の釘が浮いてくる。打てば打つほどダメになっていく「すのこ」を新しく買い換えるべきか,どこかで修理してもらえるのか。頭を悩ましているうち,Rくんの顔が浮かんだ。「そうだ!Rくんに相談してみよう。」
 今から20年前,私が本校に教諭として勤務していたとき,担任していたのがRくんである。現在は稼業を継いで建設業に携わっている。見積りだけでもと思い連絡してみると,仕事帰りに学校へ寄ってくれるとのこと。久々の再会を楽しみに待っていると,大工道具を引っ提げて堂々の登場。なかなか似合っている。そして随分と立派になった。近況報告もそこそこに,「ま,とりあえずやってみるわあ。」と言って道具を取り出し,テキパキと仕事をこなしていく。その後ろ姿は,本物の大工さん以外の何者でもない。文字通りに目を細めつつ感激しながらその仕事ぶりを眺めていると,「お兄ちゃんなんしょん!」「これ何~?」「すっげー!!」と遊びに来ていた子どもたちにあっという間に取り囲まれた。「ごめん。お兄ちゃんお仕事してるんよ。危ないから離れてな。」よじ登って来る勢いの子どもたちを優しくたしなめ,なおも仕事を続ける。何枚もある「すのこ」を次々に補強していき,あっという間に全ての修理が完了した。
 「ほんとに助かったわ。ありがとう!いくらになるかな?」と声をかけると,「金はいらん。使ったのは釘だけじゃし。」と返事。「いやー。人件費もあるしね。わざわざ来てくれて。見に来るだけかと思ったら,全部直してくれて。ただってわけにはいかんわ。」と言うと,「俺は本来ボランティアはせんのんよ。でも,先生じゃけえしたんで。」と。もう,泣けてくる。なんと立派な若者になったのだろう。
 彼はその後も,老朽化した百葉箱の屋根を直してくれたり,小学校で行われる夏のふるさと祭りでは,毎年会社の同僚とやぐらを組みに来たりして,学校や地域のために動いてくれている。
 今年度の本校の研究テーマの中に「ふるさとを愛し,夢をもち,自ら未来を切り開く子どもの育成を目指して」というフレーズがある。現在,目の前にいる小学生は,10年,20年後にどんな力が必要になってくるのか,そのために今何ができるのか模索している。子ども達が仕事に就く頃には,「AI」に取って代わられる職業も多いと言われる中,「AI」を超えるものって何だろうと考える。してもしなくてもよいことを誰かのことを思い行動する。「人を想う心」つまり愛かな。なるほど「愛はAIを超える」なかなかうまくまとまったなあとRくんの後ろ姿を思い出す今日この頃である。Rくん,いろんな意味でありがとう。教え子に教えられる日々に感謝しながら,今日も呼ぶ声に応えに行こう。