「歴史旅」
 笠岡市立新山小学校  長 安 雅 宣

 ここ数年はまっていることの1つは「歴史旅」。一人のときもあるが,大学時代(教育学部・野球部)の友人と,マニアックな(?)歴史旅に出かける。とても楽しい。基本的に幕末,戦国室町。
 神辺城跡に登ると,福山から府中,高屋まで見渡せ,「遠くからののろしがよく見えたんかな。」と感動する。毛利元就軍が吉田から神辺城に攻めてきて,2番家老芳井の藤井皓玄は勇敢に戦い,最後は笠岡市西大島の山中で自刃。そこへ夏休みの猛暑の中,その墓碑を訪ねて,草むらの中で一人拝む。
 友人と一緒に防府天満宮に行く。「ここに高杉晋作や久坂玄瑞,来島又兵衛らが集まって議論を戦わして,禁門の変へとつながっていったんじゃなあ。又兵衛じいさんの迫力におされたんよなあ。」とか。
 山口の鋳銭司に行くと,「ここで大村益次郎が生まれたんか。」「ここで医者として開業したんか。」と。
 史跡巡りもだんだんはまってきて,地域の方や郷土史家さんを訪ね始めている。
 防府の大道に大楽源太郎が幕末に開いた塾があり訪ねた。蘭学を極めた大村益次郎に尊皇攘夷を決行する大楽が問い詰めようと,自分の塾に呼んだ場所だ。誰も行かないような草むらの中,やっとのことで探し当てて,近所の方にお話を伺うことができた。(写真)
 太田絵堂の戦いがあった秋吉台の東の方にある絵堂というところに行くと,郷土史家の方にお話を伺うことができた。「ここで撃ち合いをしたんです。」と言って藪の中に入り,「高杉晋作が功山寺で決起して,ここで太田,絵堂の戦いがあったんじゃなあ。」「伊藤俊輔もついて来たんよなあ。」と二人で感動。
 四境戦争の石見口の戦い跡を巡ろうと,津和野,益田,浜田へ。津和野では,森鴎外などは目もくれず,益田では資料館の方に戦いの場所などを教えてもらって感動した。浜田城跡では,城主松平はすぐに逃げて,美作へ。鶴田藩を興すことを知る。美作とつながっていることに,またまた感動。 
 浜田市の山中に長安本郷というところがある。私の名字は珍しく,同じ名前なので親近感を覚え,興味を持った。そこは,1350年頃から長安(永安)氏が治めていたということを知り,二人で訪ねた。長安八幡宮の宮司さんをされている寺本さんを訪ねた。膨大な資料を作られていて,長安氏に寺本氏は仕えていたという。厳島の戦いで,陶晴賢が毛利元就に破れた。どちらにつくか思案の末,それまで大内に仕えていたため陶に味方した。そのため,1555年元就の二男吉川元春に長安一族は殺されたという。近くの山城からは,武具等が多く出土している。(写真) 
 寺本さんは90歳を超えて,息子さん(近くの小学校教頭・私と同い年)があとをつがれて宮司さんをされている。もちろん,郷土史家も。突然,お伺いしたのに,食事や村でつくっているどぶろくまでいただき,恐縮した。以来,どぶろくを取り寄せて毎晩飲んでいる。「今年の歴史旅はどこに行く?」と友人から。楽しみにしている。ちなみに,彼の最後に勤めた小学校は,運動場が全部芝生で,(写真)これまた感動した。いい旅だった。