3/1//2004 吉備雑感日記  記事
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「大きな物語の喪失」というキーワード

この「大きな物語」と呼んでいるモノが何か?について、ことさら考えずともそれぞれの日常生活はかってに進む。

これまで当たり前と感じていたことがいつの間にかそうでなくなっていたり、なんか変だな・・・と思っている間にいつの間にかその<変な事>が当たり前の姿になってしまう。

上記のようなことを感じている方々?はもしかしたら「大きな物語」を失ったり壊された?方々かもわからない。

県南ではすでに梅が満開を迎えている。
■ 県南ではすでに梅が満開を迎えている。
 ■ なんらかのこと、モノについて<在るべき姿>というのが世間の多くのひとに共通にイメージされている間というのが<物語>が機能している姿。

かりにその姿が様々な形で否定されたにしろ、否定という行為によってその存在を一方では認めていることにもなるわけで、まだまだ安泰・・・。

しかし、

「ひとそれぞれだよね」  と世間がなってしまったら・・

吉備高原では老梅が満開
■ 吉備高原では老梅が満開
 ■ マイペースとは言いながらも生きていく以上、何らかの形で社会と関わりを持つわけで、上記のような変化が自分自身の生活に及ぼす影響についても考えざるおえない。

スミレが落ち葉の中に・・
■ スミレが落ち葉の中に・・
 ■ かってサブカルチャーと呼ばれたものもすでに消費される存在となって久しい。

咲きながらドライフラワーになった椿
■ 咲きながらドライフラワーになった椿
 ■ 結局・・「大きな物語」が何を意味するのかを誰もが否応なく考えざる追えない時がどんどん間近に迫っているということだけは確かな事のように思う。

 


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