12/16//2006 吉備雑感日記  
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都路 華香の革新

ふとしたきっかけから、久々に『やきもの』の本を出してきて読み返しています。というのも、11月に見た江戸時代の御用絵師、沖 一峨や、12月に見た明治の都路華香らの取り組みをどのようにとらえるかについて、『やきもの』の技術的展開がそれをひもとく手がかりになりそうに思い始めたからです。

<※京都で見た都路華香展の感想 12/2//2006 展覧会案内・感想>
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/image/newi/2006/120201/index.html

 

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■ 自分の中では前々から直感的に結びつけていたのですが、いまひとつ確信がもてなかった部分。『工芸』と呼ばれているものと、私が『日本画』と呼ぼうとしているものとの関係を結びつける何らかの手がかりをこの二つの展覧会の中に見つけたように思っているのです。

 注目しているのは、「絵肌」についての考え方です。江戸末期、ある種の停滞感の中で、その打開を試みるべく、様式的な様々なチャレンジを沖 一峨は行うものの、御用絵師であるという自身の存在、はたまた貴重で高価な絵の具を用いて描くということからか、絵の具をきちんと用いるということ、工芸的な意味での作業を崩すことはせず、結果、整った「絵肌」を壊すことはありませんでした。一方、次の時代、都路華香は、この絵肌を確信犯的に壊していることが気になっているのです。

 <絵の具を流すことによって偶然出来た結果を認め、それを表現とすること>ふと、頭に浮かんだのは、桃山時代に生まれた志野焼の肌でした。
 絵画においてもすでに「たらし込み」の技法として積極的にある種の偶然性を認める手法は存在しましたが、それらは水平面の上で行われ、あえて絵の具の定着を危険にさらすような事は無かったと思われます。群青や緑青など、高価であり、それも比較的大きな粒子を持つ絵の具を流す行為は、当時かなり大胆な作業であったと思われるのです。

 大陸からの新技術の導入と、我が国ならではの展開。須恵器、釉薬との出会い、磁器の存在。それらと相対しながら、陶器として独自の価値観を見いだした志野焼や織部。
 西洋絵画がどんどん紹介された明治時代、水彩絵の具や油絵の具の登場。否が応でも意識せざる終えない西洋というもう一つの価値観。写実的リアリズム、現場主義、絵を立てたままで描く描法。

 磁器に対して志野焼、織部を認めた桃山の価値観。
 この国ならではと思えるような価値観の提示。

 都路華香は明らかにこの時、大切な「絵肌」をあえて壊し、それを認めるというきわめて日本的なやり方によって『日本画』を拡張して見せたのではないか・・・。

<『日本画の近代化』とは伝統的な要素を壊し、普通の絵画になることだった>とは、今日、言われている事ですが、この段階のそれは、決してそれだけでは片づけられない何かを含んでいるように思うのです。

 確かに、都路華香作品の中でのそれらの試みは全て成功しているかというとそうとも言えず、絵画全体として見た場合、表現上の様式感とのミスマッチを感じる部分もあるように思います。しかし、「絵肌」についての革新的な取り組みを行ったことは紛れもない事実のように思うのです。


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■ その後、『日本画と今日呼ばれる絵画』は、この国の近代化、いわゆる普通の人ならぬ普通の絵画になるべく、伝統と呼ばれるような要素を次々に壊してきたことになっていますが、大正時代、そして昭和初期頃までのそれは何らかの形で本質をとどめるような何かが存在し、今なおその成果は輝きを失っていないように思います。はたして、本当に壊したモノとは何だったのでしょう。今一度考える必要があるように思うのです。

 失ったものそれは、テーマとなる画題も含めて、自然と共に暮らすことであったり、紙素材や絹などの基底材を作ることや、墨、筆、刷毛などの道具の制作、絵の具に対する考え方、使い方、作り方、書道との関連、運筆などの描き方、表具、飾り方、楽しみ方と言ったものまで密接に関連して存在していた総合的な価値観、連続するありようだったのではないだろうかというのが私の思いなのです。
 昭和初期頃まで表面的な近代化のみにならず踏みとどまらせていた何かとは、この国で呼ばれる『工芸』的な要素、もしくは作業との密接な関係ではなかったか?そんなことをふと思います。ある種の職人性が果たした役割の存在です。

 「文化の連続性が途絶えるとき」ということを今更ながらに思います。価値観を成立させるのにあたりまえと思われていたことがあたりまえで無くなったときと言い換えても良いでしょう。

 <個性尊重!ただ自由に描きなさい>だけでは成立しない価値観もあるように思うのです。


さて、単なる思いつきによる考察。それでも自分なりには何かに近づいているような気がしているのですが・・・。

 


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