展覧会案内・感想

2014年01月10日

 日本画家が描いた西洋風景展
日本画家が描いた西洋風景展 チラシ表

日本画家が描いた西洋風景展 チラシ表
笠岡市立竹喬美術館で「日本画家が描いた西洋風景展」が開催されています。2013年12月14日(土)〜2014年1月26日(日)開館時間 9:30〜17:00 入館は16時30分まで 休館日:毎週月曜日(※1月13日開館:14日休館)

 日本画家とは、はたしてどんな絵を描く人たちのことを言うのでしょう?。このような日本画に関すると思われる?サイトを私自身が開きながら、なんでまたこのような導入から入るのかといえば、まさしく今展覧会場に並んだ絵を描いた方々は、自分たち自身に対して、おそらく自己ツッコミ、そのように考えていただろうと思うからです。逆説的ではありますが、日本画家としてどんな絵を描くべきかをその当時なりの考え方で一生懸命探した人たち、その探し方の現れ、それらを集めた展覧会のように感じたからなのです。

 慣れ親しんだ画材を使って描いたり、また当地で手に入れた画材によって描いてみたり。画材の違いが日本画とまたそれ以外を分けるのだとかつて言った人もいたようですが、そんな単純な話でないことは、この大正時代でさえアタリマエのことだったのです。では何を描くのか?題材として見つけ出した小景、その場所を選び、それを描こうという心を導き出したものは何だったのか。

 新しい考え方、そして魅力的なテクノロジの世界。明治という時代を動かしてきた西洋への憧れ。その絵画についての研究に出かけたはずなのに、帰国してからかえって日本的な何かにこだわるようになった作家も多くいるようです。また一方で彼の地、新しい思想に対する純粋なあこがれをそのまま継続する作家もいたようです。何が正しくて何が正しくないといった一面的な問題では無いことは明らかですが、現在のこの国の姿を見る時、危ういバランスの存在を感じずにはいられません。

 言葉は何かを伝えるための道具だという人もいますが、使っている言葉自体、語彙の中にその国家の何かを担保していることもあるように思います。加えてそれはその言葉自体というよりももしかしたら「その使い方」の中にこそ存在するのかもわかりません。
 古来より変わらぬプリミティブなこの国での画材との関わり方、水の使用方法、ニカワの使い方、筆、刷毛の使用、それらをを総称して「使い方」と言うならば、絵を描くおりのその使い方の中にこそ日本的なる何かは発見出来るのかもわからないと思うのです。

 今回会場を回りながら、スケッチや絵、画家の画面とのやりとりの純粋な時間の長さに感心しました。複雑な屋根の連なり、大量の建物の姿をこんなに淡々と眺め、詳細に描こうとする画家の心持ち、姿・・・・・。

 このゆっくりさかげんときたら・・・・・

「かわらなきゃ」がキャッチーな言葉だった事がありましたが、のんびりと考える時間があるのもよいものだと思うのです。
 彼の地で描かれた風景の数々、その後約90年過ぎた今、もう一度その場所を尋ねたとしても、もしかしたら大きく変わらぬ姿と出会うことが可能なように思われます。入江波光の「南欧小景」「湖岸」など、好きな絵を眺めながら、はたしてこの日本はどうだろう、そんなことを考えながら見て回りました。