展覧会案内・感想

2014年02月25日

 レオナール・フジタとパリ1913-1931
レオナール・フジタとパリ展 リーフレット表

レオナール・フジタとパリ展 リーフレット表
 岡山県立美術館で 渡仏100周年記念 レオナール・フジタとパリ1913-1931 が行われています。2014年2月21日(金)〜4月6日(日)開館時間 9:00〜17:00 2月28日、3月28日(金曜)は午後7時まで開館 入館は閉館30分前まで 休館日・月曜日

 ”いまさら藤田嗣治?”と、いった気持ちを半ば持ちつつ岡山県美に足を運んだのですが、ごめんなさいー謝ります。今回、今までとは違った新鮮さで作品を見ることが出来ました。

 表現手法、技術、展示された作品自体は、すでにいろいろな展覧会、美術館で見てきたものと大きな変わりはないように思われます。では何が私をこんな気持にさせたのか。

 会場は、お決まりのごとく渡欧前、若いときのそれ、絵と出会った頃の作品がまず迎え、そしてパリでのそれへと続く・・・・通常の展示と大きな変わりはありません。そんな中、注目したのは第一室入ったばかりの場所、中央に置かれたガラスケース、初期書簡類の展示です。この書簡を読んでしまったからこそ、私にとっては作品がこれまでと違って見えてきたように思うのです。

 
 ここのところ気になるのは、作品を仕上げるのに画家が費やした時間についてです。目の前にあるこの絵、はたしてどのくらいの時間を費やして描き上げられたものなのか。確かに完成まで僅かの時間でと思われる作品もありましたが、多くはたっぷりとした時間が注がれたそれに見えました。その時間とは、作者にそれを描かざる負えない「何か」を生み出す時間をも含むのです。

 「自分の今後かく画は日本画でも西洋画でもない・・・・・・・」
 「頭の良い程成功する。画は頭のもので手先のものではない」
            (展覧会場書簡及び、カタログ文章中より)

 日本人であることを意識し、日本画、西洋画という言葉、その存在を否応なく意識せざる負えなかった時代。コンセプチャルアート、現代のアートでは、ますますその性質を強めたかに思える「画は頭のもの」という言葉。
 「手先のものではない」といいつつも、その手先の存在によってこそ成立していると思われる藤田の作品。

 ルーブル美術館の絵葉書、モデルのポーズ、構図。古典との関係の作り方。

 油彩、水彩、絵肌、人の肌、いかに筆を使う事ができるのか。絵の具を支持体にどのように定着出来ると好ましいのか、そして価値のあるものとはどんなものなのか。
 
 きわめて今日的な問と真摯に向き合っていた藤田の姿を感じたのです。


 会場最後には、藤田が交友した芸術家の作品も並んでいます。パスキン、ルソー、キスリング・・・。二階の展示室では、国吉康雄の作品がまとまって並んでいました。アメリカに渡った国吉、ヨーロッパの藤田。何が違うのか、違ったのか。

 見どころ満載の展覧会、2階の展示も是非ご覧になることをおすすめします。