展覧会案内・感想

2015年10月15日

 生誕120年 池田遙邨展 こころの詩
生誕120年 池田遙邨展 こころの詩 チラシ表

生誕120年 池田遙邨展 こころの詩 チラシ表
 倉敷市立美術館開館で「生誕120年 池田遙邨展 こころの詩」が行われています。2015年10月9日(金)〜11月29日(日)開館時間 9:00〜17:15 入場は16時45分まで 休館日毎週月曜日 ただし11月23日(月)は開館、11月24日(火)は休館 ※後期展示は11月3日〜

 倉敷ゆかりの画家、池田遙邨(1895年浅口郡生まれ)さん。洋画家としてスタートを切るものの、地域の先輩(1889年笠岡生まれ)である小野竹喬さんのある助言をきっかけに日本画家に転身したのだとか(紹介文より)。

 この時の言葉が「自然はよく見ているが、これからは主観をいれてみてはどうか」だったそうです。さて、よく知られたこのエピソード、ここだけ聞くと、「そうだったのか・・・」なんて妙に納得してしまいそうになりますが、ではこの時、洋画をそのまま描いていては、主観をいれて描くことは出来なかったのでしょうか?。このあたりについて、またその後の遙邨の画業について展覧会カタログでは、佐々木学芸員が<池田遙邨の画業 「私」と「自然」>と題して論考を試みています。「主客」を一つのキーとしてまとめられたこの文章、「日本画とは何か?」が大きなテーマである私自身にとっても興味深い考察となっています。


 遙邨といえば、「南郷の八月」の制作に友人が関わった(実際に絵の具を塗り完成を手伝った)話が思い出されます。当時のある種の日本画は、描くおり分業が可能だったのです。このことは私にとっても日本画を考える上で一つのヒントになりました。またかつて「甦れ大正デカダンス」と題して日本画を再考する特集が芸術新潮で組まれたおり、紹介された「颱風来」、「災禍の跡」震災後の風景、絹本の小品、「丘の道」、「伐られた株」なども並びます。当時、この絵肌に惹かれたのです。

 「華厳」と題された下絵も今展でとても興味深いものでした。生き生きとした時間の集積とでも言えば良いのでしょうか、じっくりと対象と、そして目の前のこの絵と向き合った遙邨の時間が伝わってきます。

 大和絵の研究、模写が遙邨にもたらしたもの、それはかつての人々、先人、歴史が作ってきたものの見方です。学んだ描き方を通じてこの見方を手に入れるのです。(3次元的な描写が、三次元的なものの理解、見方を手に入れることによって可能になるように・・・・)

 「浜名湖今切」魅力的な作品でした。この絵を作り上げている要素いくつもが、今日発表されている現代表現に直結して感じられました。また「貧しき漁夫」の空にも同様の表現の存在を感じたのです。

 「見つけた!自分の絵」、展示される絵を見ていて改めて思うことが有りました。共同作業で作画が出来るような基礎を経たそれと、ただ自由に描いたそれの違いです。遙邨の描いた絵の魅力、私が惹かれている何かにこのあたりが関係することを思うのです。色の良さ!、作業の的確さです。

 飾られている絵そのものが厳選され、素晴らしいのはもちろんですが、遙邨の画業の変化の過程も追う事もできる魅力的な展覧会となっています。オススメの展覧会です。