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3/2//2009  「無い」から始める日本画講座

はじめに

■ 皆さんは日本画に興味をお持ちになり、今まさに勉強をはじめようとしています。あこがれの作家や、作品を具体的にイメージしての場合もあるでしょう。また、ある方は、純粋に日本画と呼ばれる絵画がどんなものか知りたいという好奇心からかもわかりません。

 日本画と銘打たれた展覧会がいたるところで開かれ、社会にはあたかも根強いファンが多数存在するかに見えながら、その一方で現在の日本画は、洋画と区別がつきにくく興味を失ったと聞くことがあります。また、伝統を受け継ぐ絵画というイメージとは裏腹に、今日、美術に関わる専門家の間では「日本画なんて無い」と発言される場面も出て来ました。はたして、何故このような状況になってしまったのでしょう。

 絵を描く紙、絹、キャンバスなど、場合によっては、木材や漆喰なども選ばれたりしますが、平らな画面の上に絵の具を付ける事で実現する絵画作品には様々な呼び方があります。その多くは、材料や技法上の特徴的な要素をその名前の中にもっているものです。油絵であるとか、テンペラ画、フレスコ画、水墨画などは、ある意味でわかりやすい絵画の分類方法、呼び方だと思われます。そんな中で、はたして日本画とか、洋画という呼び方は、どのような意味を持つのでしょうか。表現が多様化し、あらゆるものがボーダレス化する現在、日本画と呼ばれる作品にも版画の技法が用いられていたり、洋画と呼ばれる絵画作品に使われる絵画材料、手法が用いられていることも多々見受けられます。また、この逆もありえます。今日、呼称などはもうどうでもよく、単に平面作品とひとくくりにすれば良いではないかという意見ももっともな話です。

 本当に「日本画なんて無い」のかもわかりません。

 しかし、この「日本画」という言葉は、長い年月を経る中で、この国なりのイメージ、価値観を育んで来たことも事実なのです。何事もわかりきった事とせず、「無い」から始める日本画講座、もう一度この国の美意識、価値観について言葉の誕生から考えてみたいと思います。

 日本画、洋画という言葉は、明治時代に作られた言葉だそうです。徳川幕府による統治が終わり、明治維新を迎えた時、それまでにこの国にあった絵画、描き方を総じて日本画と呼び、それ以外のもの、西洋から入って来た絵画を洋画と呼んだのです。では、それまでのこの国にあった絵画とは、いったいどのような姿であったのかと言うと、平安時代の絵巻物などに見られる大和絵(やまと絵、唐絵に対する言葉)と呼ばれるような絵画様式の流れと、室町時代、禅宗とともに繁栄した中国式の水墨画の流れ、それらを統合したような江戸時代の狩野派や、土佐派、住吉派、より写生を重用視した円山四条派などに見られる表現、最近話題となっている琳派などでした。このように見てくると、少なくとも江戸時代頃までの絵画は、ある意味で西洋から入ってきたものたちとわかりやすい違いがあったように思えます。ただし、中国絵画との違いはどうかと言えば、大和絵という言葉が唐絵と対の言葉であり、また今日と似たような問題が浮かんできます。
 この国の特質、常として、交易によって栄えて来たことからもわかる通り、島国として外からの文化を取り込み、自分のものにすることに長けていましたから、その後の流れは推して知るべし、中国的な価値観を取り込んで遂げて来たそれまでの発展と同様に、その後は西洋の文化を取り込んでいくのです。もちろん、第二次大戦後はアメリカの文化も積極的に取り込みました。その結果の姿が現在であるとも言えるのです。

 明治維新以後を近代と呼ぶならば、近代化とは革新の時代でもありました。日本画の革新とははたして何だったのか?。それは何かを否定し、壊すことによって、あるいは西洋的な価値観を取り込む事で成し遂げられたのです。伝統を継承する絵画と思われる日本画ですが、このとき求められた革新を誰の目にもわかりやすい形で実現することとは、ある意味でそれまで伝統と呼ばれた象徴的な要素を次々に壊す事だったのです。線に対する価値観や平面に求める表現、絵の具の塗り方、空間に対する意識など、それぞれを否定することが確信犯的に行われたのです。確かに、これらを捨ててもなお、専門家にはわかる何かの存在といったものがあったのかもわかりませんが、多くの一般鑑賞者にとっては、わかりにくいものになったに違いありません。取り込むこととは、同化することでもあったのです。

 違いが明らかであった時代から積極的に違いをなくして来た結果が現在の姿なのです。人工的な絵の具の獲得なども含めて使用される材料や技法も同様の変化を受け入れて来たのです。

 けっして多様な絵画のあり方、表現の姿を否定するものではありません。ですが、出来うることならば、今日的な意味でこの「日本画」という言葉に意味を与えられるような講座としたいと思うのです。

 講座ではこれらの事を考慮し、今日の多様な日本画のあり方、テクニックについて紹介することよりも、より基礎的な技法に重点をおいて行います。ここでいう基礎とは、日本画と西洋画との差がわかりやすかった頃のあり方、模写などの制作を通じて知り得た古典的な描法であるとか、私がある種の価値観の発見にいたった作業、材料の使いこなしです。それらを出来る限り整理をして、ある種の客観性も付与しながらやさしく伝える講座にしたいと思います。