江戸にあそぶ 銀の硫化による技法紹介
今回は水墨の龍や琳派の手法などを試して描いています。光琳の紅白梅図屏風、あの流水はもしかしたらこうして描いたのではないか?吉備国際大学の馬場秀雄先生の研究に刺激を受けました。「実際に試して描いてみる事で見えてくる事もある」、今回もドキドキする様な出会いがありました。<本日7月29日付け山陽新聞16面文化欄ではこの研究の文化財保存修復学会発表についての記事が掲載されています。> 左画像、モノクロで印刷されている背景に使われている画像は、今回試みた流水部分です。銀食器や銀のアクセサリーなど、銀製品は放置しておくと黒ずみが生じることをご存知と思います。これは使われている銀が空気中の微量な硫化水素と反応して硫化してしまうことによるものなのです。
銀の硫化による描画 材料技法 紹介※注意!!!ここで紹介している技法は、硫黄粉を使うものであり、硫黄は、「空気中の酸素と反応」して「亜硫酸ガスを発生」したり、「空気中の水素と反応」して「硫化水素を発生(卵のくさったような匂い、温泉の匂い)」したりします。今回は銀と硫黄を直に触れさせる事で、反応させ、「銀の硫化による黒変(硫化銀)」という化学反応に基づいていますが、亜硫酸ガス(硫化水素)の毒性についてはよく知られている事と思います。危険を伴う可能性があることを承知の上、もし試す場合には十分取り扱いに注意し、自己の責任のもとで行ってください。(※10月13日:訂正と共に補足)上記の事が理解出来ないという方は試さないでください。1、画面全体では金箔も貼った部分を作るのですが、金箔にも銀が含まれています。このため、金箔部分に硫化の影響が出ない様に、先ずは銀箔の部分について作業を進めます。先ず基底材となる和紙にはドーサ液を塗り膠の定着を良くしておきます。次に銀箔の下地となる部分には薄墨を施し、後に銀箔がはがれ落ちた時、穴があいた時に不自然にならないよう工夫をしました。薄墨が乾いたらいわゆる「捨てニカワ」を施し、先ずは銀箔が安定に定着する下地を作っておきます。なお、箔足の部分の膠が弱いと硫化の後、水洗いを行ったおり、表面の箔が間の膠から剥がれて生な銀が現れたりします(これはこれで興味深い表現となるでしょう)
硫化させたくない部分(黒変せず銀箔の質感のまま残したい箇所)は何らかの方法で被覆、マスキングします。流水の描写は、濃度の高い膠液、もしくはドーサ液を筆で置くように描きます。このおりの濃度他が重要な意味を持つ事になります。この技法については、かねてより知っており、かつて六一〇ハップなどを使って硫化させ、描画に用いた経験もありましたが、今回の研究で吉備国際大学の馬場秀雄先生が私のアトリエにお持ちくださった化学変化のサンプルを一目見た瞬間にその硫化の度合いの違いによる新たな表現の可能性に気づかされることになったのです。これで実際に流水を描いたら面白そうだ!!(もちろん、もし光琳が使った手法がこの方法だったとしたら、まさしくそれを確信しておこなっていたのでしょうが、、、)何が違ったかといえばまさしく硫化の度合いです。<やけど>と表現される場合もあるようですが、銀の上に直接硫黄粉を乗せる事、また反応時間をそれなりに取る事によって黒変と言ってよい程反応させると、新たなコントラスト、まるで筆により描画した部分のみ銀箔を貼り着けたのではないか?と思わせる様な質感の違いを生んでいたのです。まるで型染めのように見える程のシャープさです。
硫黄の粉を吸い込まない様に屋外での作業としました。風通しの良い場所で行います。また水分も嫌います。不意の雨など作業には注意してください。風で蒔いた硫黄粉が飛ばされたり、湿気などの影響を受けない様な場所に保管し、反応を行わせます。この硫黄粉が直接銀に触れる事で反応し、硫化銀(黒くなる)が出来ます。しかし、場合によってはガスを発生させることも考えられ、危険を伴う事にもなります。万全の注意、配慮が必要です。
充分な反応時間(作業する季節、気温などの影響も受けると思います。厳密なデータ取りはしていません。私の場合は馬場先生のサンプルより、丸三日を選びました。)を確保した後、硫黄粉を取り除きます。もちろん吸い込んだりしない様に万全の注意が必要です。※取り除いた硫黄粉の取り扱い、また余った硫黄粉の取り扱いにも注意してください。
刷毛などで表面の硫黄粉をよく落とした後、さらに表面に着いたと思われる硫黄粉を落とすため、水道水による水洗いを行いました。(硫黄は容易に水には溶けないそうです)画像は、水洗いの終わった後、日陰にて乾燥させている様子です。硫化した部分は脆くなっており、水洗いによって薄くはがれたりした部分もあります。また箔と箔の重なった箔足の部分では捨膠の効果が薄い事もあって重なりの表面部分の箔がはがれ落ちて下の生な銀が現れた箇所も出来ました。はがれ落ちず丈夫な部分は反応の強さがそのまま現れ、箔一枚の部分よりも濃い黒となり、画集で見られる様な箔足となったようです。 乾燥後見てみると、黒く見えていた部分はいくぶん青みを感じさせる発色となりました。焼群青、暗い紺青色と言える様な色合いで、藍染めによる表現に見えない事も無いと感じられました。加えて銀のエッジは素晴らしくシャープで、型染めによる表現と考えられる事も十分理解出来ました。
乾燥後の様子です。シャープな反応の様子が見て取れると思います。紅白梅図の現状の様子を再現したいなら、ここで全体に緩やかな硫化を加えると古色然とした姿になるのかも解りません。なお、今回の試みでは銀箔部分の反応がこれ以上進行しない様に全体にドーサ液を塗り、いわゆる「焼け止め」をしました。後に出て来る金箔を貼った後も、たらし込みによる描画の安定な定着の為にドーサを表面に引いています。
金黄土などで金箔を貼る部分の着色を行い、また箔の付きを良くするため捨膠をします。
金箔をあかしたあと貼っています。金箔をあかすとは「あかし紙」といって、薄い箔だけでは取り回しに困るので柔軟性のある紙に箔をいちど弱く張り付ける作業の事です。ちなみに、日本の価値観の中では、箔は薄いということにも重要な意味があったと思われます。厚い箔では貼ったおりに金属としての質感が表面に出過ぎてしまうのです。西洋で見られる石膏の上に箔を貼り、いかにも金属的、金の固まりに見せようとするやり方とは違った価値観があるのです。紙とか絹などの繊細なテクスチャー、質感を生かしつつ金の発色、反射を楽しむやり方。また薄いが故に張り重ねた時に箔足に段差が着かない。一度に厚い箔をあえて使わないやり方、薄い箔を貼り重ねるからこそ生まれる価値観の存在、そんなことも思います。
琳派の特徴的な表現と呼ばれている「たらし込み」です。絵の具を塗る時、墨で描く時、どちらもこの国の文化においては「水」が重要な意味を持って来ます。また、中国、朝鮮といったほぼ同じ材料、道具を使うアジア圏と比較してもこの日本の「水」の使用方法、価値の見つけ方、捉え方は技法上特徴的なものと考えられます。それは独自の価値観に基づいていると思われるのです。(このあたりはまた別の機会に)
本日の山陽新聞文化欄に掲載されていた馬場先生の研究についての部分。たらし込みが「水」による表現であるからこそ、水は高い方から低い方に!、結果、箔足(箔が二枚重なった)部分より、より低い箔一枚の部分にたらし込まれた絵の具は多く残る事になり、結果、箔足が絵の具の中に浮いて見える効果となります。厚塗りではこの箔の厚みといった部分に目が行かないのかも解りません。「箔の厚み」に対する価値観、「水」に対する価値観、そして運筆、筆の運び、筆の使い方。こんなところにも日本独自の価値観、「日本画」が感じられると私は思っているのです。
金泥で蕊を描いて完成です。
流水図 (白梅)2011 完成した様子です。大きさは縦96.5cm×横91.0cmです。完成して思うのは、やはり光琳の凄さです。はたしてこの技法、描法が正しいかどうかについては、今後の研究者の方々によりますが、あの熱海MOA美術館にある紅白梅図屏風がもしこの描き方で、そしてあの大きさで出来上がったその時の姿はどれほどカッコ良かったか!!!。そんな事に思いを馳せる経験となりました。
現代美術としてみてもとても面白いと思うのですが、、、、。
個展ではこの他、こんなのも出しますよということで、紹介まで。お近くの方は是非見に来てくださいね。
かつて描いた寅とともに龍虎図として。日本の話、日本画の話など会場で出来れば幸いです。なお、この他にも花を描いた小品や、たらし込みを積極的に用いた作品なども出品予定です。あとすこし、制作中の日々です。興味を持っていただけたら幸いです。なおそれぞれの画像は、画像をクリックすると少しだけ大きく表示する事が出来ます。開催場所のアートガーデン連絡先他http://www5d.biglobe.ne.jp/~agarden/
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会期:平成23年8月19日(金)〜9月4日(日)
11時〜6時 定休日は毎週火曜日
場所:岡山市北区富町1−8−6
電話 086−254−5559