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2/18//2014  材料技法

文化財を甦らせる結晶学 講演会感想他

■ 2014年2月16日(日)熱海にあるMOA美術館 能楽堂を会場として、世界結晶年日本委員会主催による記念講演会が行われました。サブタイトルは、「紅白梅図屏風の300年前の姿を復元する」。私も講演者のひとりとして演壇に立たせていただく光栄にあずかりました。その講演での事、またその後の事など。
 
※前週に続いて週末の記録的な関東地方への大雪があり、交通網に影響が出た中での無事開催でした。
 
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共催は、日本結晶学会、日本分析学会 また後援は MOA美術館です。
 
左画像は講演会終了後の会場の様子、私が描いた倣光琳屏風を飾っていただいての会となりました。(残念ながら、私も演者の一人でしたので、※公演中の様子などの画像がありません)

※熱海新聞には公演会の紹介とともに様子画像が掲載されました。

 

講演会

1.世界結晶年 
      我々の生活と結晶学 大阪大学教授      栗栖源嗣 
<IYCr2014の全体像>私達の生活と結晶学の関わりについてを説明くださいました。

2.紅白梅図屏風について      MOA美術館館長    内田篤呉
尾形光琳という画家について、また紅白梅図屏風の美学、美術史的な意味についてのお話でした。

3.紅白梅図屏風の300年前の姿を探る
                東京理科大学教授    中井 泉  
結晶学を用いた紅白梅図調査、背景の金色をいかにして素材が金箔であるということを確認したか、また流水部の素材がどのように確認できたか、またどんな化学反応があったかということを、調査機材についてやその原理、検証の方法についてをわかりやすく解説くださいました。
 
4. 光琳に倣う日本の美       画家         森山知己
材料のこと、化学反応について、また美学・美術史的なテーマは、内田先生、科学者の皆様にお任せして、私はそれらの結果、研究を受け、実際に再現を試みる画家として求められた技術をそれぞれの要素として解説することで、光琳に倣った事、学んだことをお話しました。一部、実験の様子、実際に描く作業の様子なども映像で解説しました。
「日本的な美の捉え方」の手がかり、いくらかでも楽しんでいただけたとしたら幸いです。
 
※私のやり方が全て正しいなんて言う気は毛頭ありません。一つの検証、私の学びのあり方として捉えていただけたとしたら幸いです。

 
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講演者の記念撮影です。

こうした場に加えていただき、感謝するばかり。
本当にありがたい機会となりました。

記録的な大雪もあり、交通網にトラブルの出る中、遠く岡山から馬場先生、棚橋先生がいらしてくれたり、金沢から薄い銀箔を作って下さった中村さんが駆けつけてくださいました。屏風に実際に仕立てる作業にあたってくださった方々、また落款のための印を作って下さった方など、倣光琳屏風の制作に直接関わってくださった方々がそれぞれ会場にいらしてくださり、本当に感謝するばかりのうれしいひとときとなりました。
 

 
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講演後は、熱心な聴講によるマニアックな質問もありました。

ちょうど熱海MOA美術館では、「国宝 紅白梅図屏風と所蔵名品展」の開催期間中であり、尾形光琳の本作を実験結果、また試行錯誤を経てふたたび拝見することが出来たのは大きな収穫でした。

その他も名品揃い、素晴らしい収蔵品展示の期間に伺えました。

 
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この機会に、結晶学会の事務局をされている井上先生、また中井先生と一緒に研究を進めていらっしゃる阿部先生とお話出来たことは私にとって貴重な機会となりました。

物理学的な視点から日本画の古典的な技法、材料の使いこなしを見ることより、その作業に合理的な意味を見つけられることを教えてもらったのです。乳鉢の使い方然り、絵の具の溶き方、作り方しかり・・・・膠、もちろん絵の具の発色に関する私の考え方も。


文化を継承していく上で、価値観の共有ということが大切ではないという人はいないでしょう。今日的な言葉で、繋いでいきたいこの国の美意識、材料、道具、表現をわかりやすく伝えるお手伝いができたらと思っています。

 
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※おまけ

左画像は、硫黄を熱することで気化させ、銀と反応させる実験の様子です。
硫黄を使った硫化の方法として、1・硫黄粉を直接触れさせる 2・硫黄粉を燃やす 3・硫黄粉を熱により気化させる 4・硫黄を含む水溶液塗布 などがありますが、この実験は熱による気化を試したものです。

2・と3・の実験を比べると、燃やしたほうが効率よく反応が進みました。加えて反応に要する時間を別とすれば、直接触れさせる1・の手法が一番硫黄粉の消費が少なかったです。気化、燃焼の手法によって銀を反応させ、墨のような黒さを手に入れるには、かなりの硫黄粉が必要だということが実験によってわかりました。

 
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東京の大雪よりほんの僅か早く、中国地方にも雪は降りました。熱海での講演会に間に合わせるべく、急遽、雪の中での実験でした。

厳寒の中の実験、気温が高かったり、また湿度が高いだけでも反応の進行具合は異なると思われます。

 
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2011年にこうした硫黄による銀の反応実験を始めたおり、アトリエ内の汚染?具合を確認するためにもと、木片に銀箔を貼り、酸化防止・硫化防止としてドーサを塗った部分と、銀箔をそのまま露出した部分を作り、空気循環を行う箇所に置いておいたものです。露出部分の銀箔がほぼ3年を経て現在の茶色い水流のような色になった事がわかります。そして、ほんの僅かですがドーサを引いた部分にも反応が現れています。
現在、茶色い水流の部分があのようになったのは、300年の経年変化、箇所による色味の違いは、ドーサ皮膜の濃度の違いによるのではないか?そんなことも確認できたように思います。

硫黄を含む水溶液を使った硫化の方法ももちろん考えられます。ただし実際に描く画家として考えると、水溶液による反応は、マスキングに用いたドーサ液がもともと水溶性のものであり、乾燥後は確かに水を弾くとは言え、水溶液による一面への塗布は、確実にドーサの効果を弱め、エッジ部分が甘くなる可能性を思うのです。実際に実験ではそのようになりました。特に銀箔のような素材上ではそれは顕著におこるのです。防染剤をドーサとは別の素材にするなど考慮し、あの面積、大きさになったおりに、どのようにそれを塗るか?またその濃度をどのようにするか?などより考える必要を感じます。また機会があれば、サビ液による変化反応なども試してみたいところではあります。

運筆、筆意 「水」、水の性質をどのように手がかりとして用いることが出来るかが大切と思う今日このごろです。

お世話になっている学芸員の方に、私が再現制作したこの屏風に対して「倣光琳屏風」なんて呼び方を教えていただきました。気に入っています。こうした機会をいただき、「倣う」ということ、日本的学びを実感出来、素晴らしい経験となりました。お世話になった、また関わった全ての皆様に感謝しています。

講演会でもお話したのですが、硫黄粉を直接触れさせ三日間、吉備国際大学の馬場先生がお持ちになったあの実験サンプルピースを拝見しなければ、こうした実験をやってみようと思わなかったと思います。気体による硫化、すでに知っていたムトウハップによる反応結果では私の好奇心は動かなかったように思うのです。硫黄粉を直接撒く手法によって再現したこの「倣光琳屏風」、光琳が行ったと考えられる反応の手法はまだまだ他にも考えられると思いますが、この屏風、光琳の筆意に倣った私なりの制作を行うことが出来たと思う次第です。



個人的覚え書き
1:回折測定の考え方により、墨の粒子の大きさとそれによって生まれる色味の関係を整合させることが出来る。
2:同様に銀箔の硫化による多様な色の出現は、反応による結晶への進行具合、また密度、並び具合による光の反射が変わる影響と考えられる
3:金と硫黄は強固な結合反応を見せる
4:乳鉢を使う作業は、結晶の結合状態に影響を及ぼす可能性がある
5:胡粉を叩きつける作業は、結晶の結合状態にエネルギーを加える事であり、4:と同様に影響をおよぼす可能性がある。
6:膠に含まれる脂肪分、この結合が熱、加えられるエネルギーにより変化し、性質の違いを生み出す

日本画の画材、結晶と深い関係にある?ことを知る素晴らしい機会となりました。
結晶学会の皆様、また熱海MOA美術館の皆様、本当にありがととうございました。