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生誕140年記念 上島鳳山と大阪の画家たち |
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笠岡市立竹喬美術館で 生誕140年記念 上島鳳山と大阪の画家たち展が開催されています。2015年12月12日(土)~2016年2月7日(日)開館時間 9:30~17:00 入館は16時30分まで 休館日:毎週月曜日
上島鳳山という画家の名を知っている人は、現在どのくらい存在するのでしょう。またこの画家が笠岡出身であるということも。
笠岡市立竹喬美術館の役割のなかに、竹喬はもちろんのこと、地元出身の画家、または竹喬と交流を持った同時代作家の紹介・検証を行うことがあるそうです。今回の鳳山展は、この中の地元出身画家ということになるわけですが、出身地があることによって、(たとえ没後とは言え)こうした展覧会を開いてもらえると考えると、画家としては、<田舎>があってよかったということになるのかもわかりません。往時は活躍していたにしろ、特に都会では時の流れの中に忘れ去られていく画家も多いのです。
<上島鳳山と大阪の画家たち>展を今回見てまず思ったのは、どれも達者な絵であるということ。巧いのです。これだけ上手ければ、もっと広く世間に知られていても良さそうなものですが・・・・。こう思う私が知らないだけで、「そんなことはない、知らないのはお前が不勉強なだけだ!」と、怒られてしまうのかもわかりません。少なくとも、現在知られる当時の有名ドコロの絵描きたちと<技術的には>大きな差を感じないどころか確かな技を見ることが出来たのです。ただし、絵の大きさ、単純な画面サイズも含めてですが、扱うテーマといったものを考慮に加えると、小ぶりで、生活とともにある身近な存在が多い・・・といったことに思い至るのです。実は、このことも今回の展覧会企画意図の中にあったようです(展覧会図録文章を読んで知りました)。
<大坂の画家たち>と、ひとくくりにされた画家の作品。矢野橋村の「雪山帰樵図」が目にとまりました。同じく、「艸華之図」も。かつて私自身が大正時代の日本画に惹かれ、日本画を捜す手がかりとした何かと同じニオイがしたのです。 (私自身が)若いころ、たとえ上島鳳山の作品に出会っていたとしても、おそらくは今ほど気にとめなかったでしょう。当時、心惹かれたのは、速水御舟や、土田麦僊らの絵と出会った時に感じた何か、今回の矢野橋村の作品の中から漂ってくるようなものだったのです。
社会の大きな変化、時代。絵に望まれること、絵を描く技術とは何か。そして「私」、個の存在。
筆の冴え、絵の具の輝き、個を越えて繋いできたこの国の価値観の在処とはなにか・・・
帰り道、井原の華鴒大塚美術館に立ち寄りました。館蔵品による展示、二階展示室正面に堂々と飾られていた児玉希望作「檜鷹図」が印象に残りました。
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