日本画実習法 第五編 花卉鳥獣の描法 一、写生法
<写生について>(以前は)洋画においても絵の学習は臨画からはじまり、それから写生に移ったものである。しかし、現在では初めから写生をやらせる。西洋画には「線描」が無いからそういったやり方でもよいが、日本画は描法に重きをおかなければならないから、最初から写生を練習させるわけにはゆかない。臨画を教えて線描を練習させた後、実物の写生によって物の色と形を研究させるのである。<新しい日本画>いかに新しい日本画を描くと言っても、従来の教え方を破って西洋画と同じ学ばせかたをすれば、でき上がった絵はただ用いる(西洋画と日本画の)材料の違いのみ出来て、その間(西洋画と日本画の間)に本来ある妙味ある描法の違いや内容の違いが小さなものとなってしまう。新たに優れた日本画を描こうといっても、ただ洋画的な手法の模倣だけでは意味が無い。真に日本画らしい日本画とは、洋画風に偏らず、生粋の日本画のよいところを持っているはずである。本書はこの「よい日本画」を描くためのものであるから最初は昔ながらの勉強法を説き、その後は読者の応用にまかせる事にする。そこで「写生」であるが、これまた日本画には日本画の写生法があるから洋画風に似せてはならない。洋画は全体の感じで描くが日本画は細い線でそれを描く。よく言う事であるが、如何にうまく写生をしていたとしても、それが美化されていなくては何にもならない。カラー写真は誰でも撮影出来るが、それだけでは意味が無く、絵としてただ撮影した以上の美化された感興が必要である。<日本画の写生>従来の日本画には写生が無いかと言えばそんなことはない。今から六百年〜七百年前の絵巻物などは立派な写生画である。人物の活動する様子等、多少の誇張は有るにせよ写生から出来たそれと認める他は無い。近世では浮世絵の春信、歌麿の一派、北斎、広重も立派な写生に寄る物である。しかし、極端すぎるそれは、不自然に見える物である。寛政〜文政の浮世絵は痩せた女が好まれたようでありえない細さの表現があるがその時代にはそれで良かったのだ。まさに写生に極端なデフォルメを加えた物も有るが、これこそが有る意味で日本画の特色と言えるものだろう。確かに著しく不自然な物も有るようだが、当時の鑑賞者は怪しむ事もしなかった。美化した絵の力という他は無い。洋画の印象派で見られる描かれた人物のそれも同じであろう。江戸時代に日本ではすでにこのような絵を描こうとする自由な空気があったのだから、今後日本画を学ぶ人たちは何処まで伸びるか可能性は高いのだ。<写生法>写生をする場合、用紙は画用紙でも和紙でも良いが、和紙なら必ず仮張りをし、画用紙もカルトンに止めるか水張りを行い描く。(画用紙の水張り方法の説明が続く)<その(写生の)仕方>(写生とは)実際に縦横奥行きの存在する眼に見える実の姿を平面に置き換えて描き現すことだから、どんな簡単なものであっても臨画とは全く違うし、人の描いた絵を見て描くのと実物を見て描くのではその難しさは全く異なる。正確に物を見る訓練とそれを描き出す訓練からはじめなくてはならない。<明暗>洋画ではそのもの自体の形を写すのみならず、光線によって出来た刻々と変わる明暗も写し取らねばならない。しかし、日本画はそんな事はせず、光線についてはほとんど無視をし、一方で線で描き出そうと試みる。このように線を重用視することは、臨画と同様に運筆の研究になる。<写生する物体>最初は単純なものからはじめると良い。タバコの箱といった直方体や徳利、茶碗と言った形に見られる円筒形、回転体といったものだ。描く物体との距離は西洋画にはある種のルールがあるようだが日本画には無い。物体を描こうとして初心者が陥りやすいのは物体は見る位置、角度に寄って見える形が変化するという事である。円が見る位置によって楕円になるなど、形の変化を捉える訓練が必要なのだ。<透視画法>物体の見る位置、角度による変化を学ぶという事は透視画法を学ぶ事である。こういったことは各自の研究にまかせ、日本画ならではの花卉の写生についてこれから紹介する。何しろ日本画は花鳥、山水、人物というのが昔からよい画題とされ、また人もそれになれてきたからである。急に画題も洋画風にかえることは出来ない。※ここまでで70ページ 写生法を説きながら、川合玉堂の考える「日本画とは」といったことがまとまって紹介されているように思う項となっている。1.日本画は描法に重きをおかねばならない 写生においても線を中心として物体を捉え描こうとする必要が有る 日本画の良いところとは扱う画題であったり、その描法自体にも存在する2.臨画によってまず線描を学ぶ必要が有る 日本画の特色に線の扱いは欠かせない 浮世絵に見られるようにデフォルメの可能性もここにあるこの項では、技法のみ洋画を真似ても意味が無いとはっきりと書いており、また随所にみられる線に対するこだわりや、学習のはじまりとしての臨画の意味などにも触れられており、このあたりから一気に核心部分といったところだろう。次回は二、花の写生法から
Copyright (C) Moriyama Tomoki All Rights Reserved. このホームページに掲載されている記事・写真・図表などの無断転載を禁じます。
※「花卉鳥獣」 読みは「かきちょうじゅう」、「卉」の意味は、草のことだそうです。よって、花卉とは草花という意味となるようです。