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10/29//2009  レポート

日本画実習法 第五編 花卉鳥獣の描法 三、隈取法

■ 川合玉堂の著した「日本画實習法」はたして「日本画」の何が変わって、何が変わっていないのか。気になる部分を備忘録がてら感想など。その13
 

<隈取とは何ぞ>隈取法の解説については臨画に付随して行うべきところではあるが、もともと彩色時に濃淡を使って対象物の高低凹凸を現そうとする技法であるから、あえてこの花卉の項、彩色法の一部とした。

<隈取の一般>普通濃墨と淡墨であらわす隈取りは、一つの完全な絵をつくるための技術に他ならないから、他の技術と総合して練習して初めて効果のあるものである。

彩色法において隈取り、すなわち暈かす(ぼかす)技術は、ほとんど全ての基本と思ってよい。ただし色を用いたそれは大変難しいので、初めは墨の濃淡で十分に練習するように。

<ぼかしについて>墨一色で描かれる墨絵にも暈かしは用いられるが、墨絵の価値観として多くの場合、勇健豪壮(ゆうけんごうそう)、瀟酒闊達(しょうしゃかったつ)を尊ぶため、単に隈取りという技術があったところで墨絵とは認められないので、墨絵における隈取法とは習作以外にありえないと思ってよい。墨を使った隈取りの練習は、あくまで彩色の時に使う事を前提としたそれであり墨絵の練習のためのものでは断じて無い。

隈取り、暈かしの技術は、彩色においてもっとも尊重されるべき技術である。

隈取法の練習方法としては、臨画でも写生でも良いが、まず線描きを行ったのち、それに高低凹凸遠近をつけるべく、淡墨を使って影を暈すのである。

この場合、隈取筆などの大小二本の筆を持ち
1、大の筆に水を含ませ、小の筆には淡墨汁を含ませて、大の方は親指と人差し指の中で軸の中央を持ち、小の方は中指と薬指の間に挟んで持つ。
2、隈を取る時には、まず大の筆で水を引き、すぐに小の筆の淡墨をその上に引く。この時、大の筆と小の筆を交互に手の中で入れ替えて行う。

3、斑(むら)の出る原因としては、すでに一度暈したところが完全に乾ききらない間に再び同じ場所で隈取りを行おうとしている事と、淡墨を引いた上に幾度も大筆を使って水を加えてしまっているということが考えられる。
成功させるポイントは最初に引いた水の乾き具合を見計らい淡墨を施す事にある。
口伝同様、実際の練習によってこのタイミング、調子を知り、会得する他無い。

<水の引き方>必要以上に多く水を引かぬようにし、濃く彩色がされる部分には水筆を使わないようにする。要する筆数が少なくなるほど出来が良くなる。

このようにして高低凹凸等を現すが、失敗無く行おうとすればやはり描こうとしている対象物をよく観察し、まえもって知る事が大切である。

隈取りは、凹凸遠近等を表現するための筆法である。

<練習紙>練習する為の紙は、ドーサ引きされたものでなければならない。美濃紙、半紙はもちろんだが、特に唐紙、白紙、画仙紙のようなものはなおさらである。これらのものに稽古しようとする時には、裏打ちの後ドーサを引かねばならない。

練習用としてドーサを引かずに使えるのは、画用紙かケント紙である。ケント紙は表面に光沢がありまた硬いため暈かしに斑が出やすい。画用紙については目の細かい物を選べばよいだろう。しかし、それらを使った場合、墨色自体は悪く、卑しく見えるので、望むならば、日本紙を用いた方がよい。

総隈をとるとは、画面全体をある一部分だけ残して悉(ことごと)く塗るか、一方を暈しておくかする事である。
この場合には隈取り筆ではなく刷毛か連筆を用いる。
連筆は小さな部分の小隈には適しているが、全体を塗るとなると刷毛の方がよい。

これらは筆を用いた場合と同じく大の刷毛、普通三寸位のものに水を含ませて隈を取ろうとするところ一面に斑の無いように塗り、一寸程度の小刷毛に淡墨を含ませ、先に引いた水が乾かない間に塗る。
しかし、あまり水気が多いと斑の原因となるのでちょうど良いタイミングというのがある。一度で全て行おうとせず何度かに分けて仕上げた方が結局手際もよく斑も無く出来る。

<総隈の法>総隈は、画面を落ち着かせる為に行う作業であるから、濃すぎるそれは絵を暗く見せ、寂しい感じとならないように淡めの加減で行う。
総隈は着色法でもっとも行われる作業であるから、練習を行い熟達の必要がある技術である。


ここまでで82ページ、このあとこの隈取りという技術を実際に使った実習として「四、魚類の描法」が続く。地塗りの絵具選択、墨の入れ具合など暈かしの作業も含めて具体的な解説が行われている。またある意味で絵を描く作業を具体的に指定することによって絵を学ぶ者に一つの物の見方を伝えようとしているように感じた。
<濃淡描き>では鯒(コチ)と栄螺(サザエ)を描く場合の実際の暈し方、<鰓と鱗(えらとうろこ)>の描き分け、<貝の描法>では栄螺(サザエ)を例にとって解説を行っている。
最後は<復習の仕方>と絵を描く技術を自分のものとするとはどういう事か、また身体の修練が不可欠なそれに対して、対象との向き合い方、技術の展開と言ったことまで解説は及んでいる。
中には渇筆、筆意などという言葉が見られる。筆を用いたそれらは当然のごとく知っている事として進められる。
続いて「五、樹木の描法」では附立てに筆意といった言葉が見える。色、筆法の具体的な描法の解説とともに<その運筆>で触れられており、一筆によって物の形、濃淡までを現すことについての解説が加えられている。色の混濁、絵具、筆を入れる順序なども書いてある。<葡萄の描法>没骨法なら輪郭をまず取り、それから着色となるが附立法で描くならといったかたちで解説は進む。この辺りまで来ると、基本技術の習得は終わり、応用となっているようだ。
(87ページ)

以上、第五編の最後まで。 
次回は第六編 花卉鳥獣の描法 下 一、動物の描法
より