日本画実習法 第六編 花卉鳥獣の描法 下 二、獣類写生の実技
<猿の描法>わずかに眼、口、足などは線で描き、それ以外は没骨描きとする。しかし、猿の毛は柔らかいものであるから、その描法は掠れ描き(かすれがき)でなければならない。※掠れ描き>附立筆の先を絵具皿の上でさばき、幾分筆を横にして軽く、力を入れて描く>渇筆法このとき、筆を噛んでさばいてはいけない。<描く順序>1、猿の顔 眼>鼻>口>耳 (線を用いて)2、筆に墨汁(水分の多い墨)を含ませ、頭を描き。胴から足へと描き進め、尾を付け、足の指を描く「線」を加える。3、全てが乾いてから、猿の停まっている太い枯木を描く 枯れ木はきわめて大胆にまず幹を描き入れ、後に枝を入れる。猿の顔を渇筆で描き、瞳に淡墨を入れるのは、胴と四肢が描き上がったあとで良いが、顔の淡紅色は墨による描画が全て出来上がったあとに塗ったほうがよい。顔のまわりに生えている柔らかい毛や、腹部、四肢の毛並みの掠れは渇筆法でやればよいが、これには手際を要するので、細心の注意を払い、汚くなったり、硬く見えないようにすること。<伝統と独創>一般的な猿の描法を解説したが、これにとらわれる事無く、日本画に有効と思われるものがあれば、水絵、油絵のそれを応用すれば良い。ただし、応用も一つ間違えば、単なる模倣になってしまう。何事も実物写生から始まると肝に銘じて写生を研究する事。<兎の描法>兎を毛筆で緻密に写生する場合。柔らかい毛で覆われたよく動くカワイイ動物である。動いているから難しいかといえばそんなことはなく、ポーズを捉えること自体は簡単である。なぜなら全身を柔らかい毛で覆われている為に、ざっと捉えた全身に顔、特に眼、鼻、口をあとから描き加えれば出来上がるからだ。初めは、胴と足と耳をざっと描いておけば良い。一番難しいのは顔で、特に口である。特徴を捉えて書く事が重要だ。あとは、ただ柔らかい毛を描く。割筆をつかい、姿勢の変化にそった毛並みをいかに描き分けるかが求められる。このとき、描き分けようとするあまり硬い描写にならないように注意するように。<寅の描法>虎は猫に似ているが、虎には猫の持っていないある底力と凄さがあるから、そこを注意して描き出さねばならない。ただ猫の持っている優しみや柔らかさの表現だけでは物足りないのだ。飛びかかってくるような凄さ、逞しさを表現しなくてはならない。見るからに威嚇する姿があるのだ。しかし、落ち着きが無いかと言えばそんなことはなく、そのあたりの加減が表現出来ないとへまな虎になってしまう。虎を写生する時は、体が大きいだけにその距離が重要になる。頭が大きくなっても尻が大きくなってもいけない、とにかく頭ががっちりとした感じと、尻の力のこもったような感じを両方ともうまく捉えて描かねばならない。四肢ものんびりとはしているが、強く押し付けるような力を感じさせ、垂れている尾もどこかピンとした感じがあるから、そうした特長に注意を払う事。四肢の指も無造作に付いているように見えるところに難しさがある。その形を謝ればヘンテコならしく無いものになってしまう。<斑紋の描法>斑紋を描く事で筋肉の表情を描き出す。肉のたるみがそこに現れれば、虎の大きなゆったりとした感じが自然に出るものだ。この斑紋こそが虎の猛々しく派手な感じを出すものだから達者な筆付けが出来ていなくてはならない。斑紋はかならずしも実物の通り描く必要はない。描く事によって表現したい虎の大きさ、筋肉の動き等を効果的に描けるかどうかを見定めて取捨選択すればよい。描く事によって毛肌が硬く見えるようでは本末転倒である。1、体全体(虎のシルエット)に黄に少量の朱を混ぜた色で没骨法で塗る。2、斑紋を入れる3、隈を取り、全体の立体感を出すようにする4、淡墨で下から上に向けて総隈をとる5、眼に極く淡い藍がちの緑の汁(ガンボージにごく少量の藍を加えたものと思われる)を塗り、髭は胡粉で描く。斑紋のもの足らない部分を補筆し、バランスを取る。しかし、これもやりすぎてはならず、八分ほどで仕上げるほうが上品に見える。描きすぎれば卑しく見える事が多く、昔の錦絵などで硬く見えるのがその例と言える。<猛獣の描法>獅子、豹などもこの虎の描法で描ける。動物を描く時には往々にして理想的に美化して描く事が有る。例えば白狐で、銀泥をぬって神秘性を現したり、象を描くのに白象として神聖さを表現したりする。写生がいくら大切だからといって、いつも自然そのままが絵になると思うのは間違いである。だからといってなんでも自然を自分勝手に直してよいというのも間違いで、美化するには美化出来るだけの眼識というものが必要となる。※ここで100ページ。来年(2010年)の干支、寅を描くべく、今回いろいろと資料を調べたが、この項のそれは、まことに寅を描く場合の勘所をとらえた説明が多いと改めて感心することが多かった。成羽美術館での「日本美術の精華」展出品の竹内栖鳳作「獅子」の描法もまさしく上記の応用で、当時の描法を間近に見る機会となった。次回は第七編 風景画 一、風景画一般より
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