日本画実習法 第七編 風景画 四、山と水の描法
<山の描法>遠くの山並みはその季節によって色が異なって見える。一般には紫や青の淡い美しい色であるから、大抵はそのように描けばよい。重要なのは、山の稜線、空との境目である。空と山がしっくりと調和するためにもこのあたりの柔らかにぼやけた感じを表す必要がある。この他、注意するのは、山の体積をいかに現すかである。(三方が見える様に描く)雲の掛かった山、晴れた日のあたる山の描き分け。雲の掛かった山は線を用いずに色で表現し、晴れた山は強い線ではっきり描く。ただし、全体に線を使うとどうしても山の表現は硬くなるから雲の掛かった山の濃淡に色をつけることによって微妙なニュアンスを表現するようつとめる。<水の描法>水の写生は困難なものである。波紋は線であらわすのもよいが、写生を基礎として本式に描く場合は、あえて線を使わずに描くのがよい。特に、没骨法で描くときには濃淡によって現すのが好ましい。水の色は空の色の反映である。海は広いだけにその表情も多様である。昔は海の水と言えば単に青く描き、川の水は淡く描いたが、新しい日本画ではそんな通り一遍な表現は許されない。自然をよく見て描き分けるのだ。島との距離と水に映るその姿、天候による色、水面の変化など注意する事は多い。島も近くなればなるほど色は緑を濃くする。<波の描法>絶えず変化している波を描く事は難しい。動いているが故に、何時、何処で止めて(基準にして)描くかが難しいのだ。いつも動いているものだからこそ固くならない様に注意する事が重要だ。ポイントは波動である。ポイントとなる一つの形を見つける事が出来れば多くの波はそれに添って描く事が出来る。<水平線の描法>視点が高い位置になれば、画面の中での水平線の位置も高くなり、低くなればまたそれも低くなる。水平線にしても地平線にしても遠い場所は生地、基底材自体の色をうまく利用する。近くに見える波頭、白い泡などは水晶末を用いる。まさに崩れようとしている大波の陰などは言い表しがたい美しい線があるので、そんな箇所も見落とさない様に描く。海の色は、色を自由にできると思われる洋画でもとかく寒い調子になりがちであり、特にここに注意して暖かみのある柔らかい表現を心がけたい。日本画には水平線をはっきりと描いた絵が少ない。それは描く事によって画面に動きが無くなり、固く見える場合があるからである。表現のために必要なら描くべきだ。<海の描法>新しい日本画を描こうとするなら、観念的にならずよく見て描く事が求められる。海なら空の反映、湖なら周囲の山や森林の映り込みなども重要な要素となる。流れの方向性、速度等も表現しようと試みるべきだ。<流れの描法>渓流の表現をする場合、流れを通して底に見える石、岩石をいかに表現するか、また場所によって変化する周囲の状況の反映をどのように反映するか等が求められる。なかでも重要なのは筆遣いである。いかに写生が大切といっても色のみで表現できることは限られる。重要なのはそこに筆意が存在する事である。<河原の描法>河原の描法もまた波や樹木に繁る葉と同様に難しい。すべて一様ではなく、ごく近い所とか、水に接するあたりを細密に描き、あとはぼかすなどといった表現が求められる。波打ち際の砂浜も同様である。ポイントとなる、岩や船などを描いたり、貝、足跡などを使って単調になるのを防ぐ方法がある。霧、雨、天候の描写についても気持ちを配りたい。特に雨の表現では昔は線をもちいる手法が多く見られたが、現在なら色や気分で表現したい。※ここで122ページ。観念的な表現から写実へという方向性が強く現れた項と言える。図学の説明があったり、印象派的な色の捉え方に言及する箇所などが注目される。雨の表現において、「夕立は強い直線で勢いをつけて引き、春雨は線描きを刷毛でぼかす」などといった具体的過去の手法を紹介しながら、しかし、新しい日本画を目指す現在は、それだけではだめだと戒めている。線(古い表現)も使いながら新しい手法の模索をという主張が強く感じられる項だ。次回は 五、特殊景物の描法 から
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