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12/4//2016  材料技法

ドーサ液の作り方 使い方

■ 日本画を描くための一過程としてだけではなく、紙の加工、ドーサの性質を利用した制作を行おうとする方々からの質問もあって、できるだけ丁寧にまとめ、紹介することにしました。
 
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和紙へのドーサ引き準備。

 そもそもドーサ引きを何故行うかと言えば、漉いたばかりの紙は「生紙」と呼ばれ、基本的には滲みやすい性質を持っています(原材料に工夫をしたり、漉きドーサといった手法もあります)この滲みをとめ、細かな情報の記録、安定な絵の具の定着を行う目的で始まったようです。同じことを目的とした方法に打紙(紙を湿らせ、叩き締める)もあり、こうして出来た紙を「加工紙」、「熟紙」と呼ぶのだそうです。

 

ドーサ液制作 用意するもの 1.膠(ニカワ) 2.生ミョウバン 3.水 4.鍋 熱源

 
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1:ニカワ 三千本膠を例として使用します。
布などで包み、膠を砕きます。何故砕くかと言えば、早く溶かすためです。

基準となる量 三千本膠一本: 約11g
※昔の入門書などで紹介されている基準となる三千本膠は1本、約15g程度あったそうです。ドーサ液の効果に及ぼすニカワの分量、それも一度目に引くニカワの質、濃度は個人的に凄く大切だと思っています。

 
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折った膠に水を加え沸騰しないように気をつけて煮溶かします。

このおり水の分量
三千本膠1本に対して水800cc程度とします。

※昔の技法書などでは1リットルという記述もありますが、現在の細くなった分を考慮しています。
※鍋は個人的にホーロー、ガラスなどがよいと思います。後に加えるミョウバンとの化学変化、予期しない金属イオンの水中への溶け出しも考えられるからです。

 
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鍋で説明したように、撹拌について金属製のものを使わない工夫もあります。画像では割り箸を使用しています。

※沸騰させてしまうと、和膠に含まれる柔軟性を担保する性質が損なわれます。

 
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生ミョウバン 
(硫酸カリウムアルミニウム 12水)

上記分量に対して、約4g〜8g 程度

使用するミョウバンの量も、人によって様々です。対象が薄美濃紙てあれば4gのものをたっぷりと一度引けば十分な効果が出ます。

厚い紙の場合、裏からも引いたりします。

 
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膠が鍋の中で完全に溶けたら、ミョウバンを加えます。

※私は早く溶かすためにミョウバンを乳鉢で擦って粉状にしていますが、結晶状態のまま入れてゆっくり溶かしても構いません。

 
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鍋からドーサ液をバットにとり(鍋から直接でも構いません、私は平刷毛に均等に浸けるためにバットにしています)、下に毛布などを引き、その上でドーサ液を塗ります。温度は温かいまま引いても構いません。何度もこすりつけるような引き方ではなく、たっぷりとそれでいて溜りができない程度に均等に引きます。

気温が低くなると粘りが出たり、乾燥にむらが出ます。冬はなるべく暖かい部屋で、風などあてて乾燥させましょう。梅雨はより乾燥を早める工夫が必要です。
返し刷毛(逆方向に刷毛を動かす)をしてはいけないと言われます。刷毛から受け取る微妙な感覚が分かるようになればこれも可能ですが、きちんと整った皮膜表面を作るという目的から来た注意のひとつだと思われます。

 
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絹枠に張った絹も同様に引きます。基本的にはこの表からのドーサ引きだけで十分描くことが出来ますが、暈しの多い作品や、裏彩色などを計画した場合などは、裏側からも引いたほうが良いでしょう。表になる面を最後にドーサを引きます(一度だけなら表からだけで良い)。

絹のドーサ液による収縮は思いの外強く、枠張りのおりの糊が完全に乾いていないと、絹が動いて波打ったりします。絹枠張りをしたら糊が完全に乾く1日程度まってドーサ引きをします。またこのおりドーサ液を糊を付けて貼った枠部絹に付けないこと、糊が緩み失敗の原因になります。マスキング等行ってください。

 

ドーサ液を引いたら、なるべく早く乾かすことを考えましょう。温度が下がり含まれる膠がゼラチン状態になったり、また湿気の多さから膠が劣化し変質したり、乾燥時に太陽光(紫外線)に当てないようにという記述もあります。風通しの良いところ、もしくは扇風機を使うなど早めの乾燥を試みてください。なお、乾燥には出来ることなら1日程度置いてください。部分的な場合、ワークショップ等で急ぐ場合、熱、ドライヤーを使うことも考えられますが、和紙や絹は表面が乾いたように見えても内部に水分が残っていて想定していたような効果にならないこともあります。

 
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生紙にドーサ液を使って描き、滲みどめのあるなしで墨表現を行ったサンプル。
このほか日本画では面蓋を貼り付けるのに使ったり、金箔銀箔の張り付けや酸化防止、皮膜作成に用いたりします。

 

ドーサ液を作る量の目安について

三千本膠1本を基準とした量では、今回の800ccも作ると薄美濃紙ではかなりの枚数(2・3尺版を5枚〜6枚程度を1回)引くことが出来ます。個人の場合など余る場合も考えられます(これが麻紙とか厚い和紙になれば吸い込みも多くなり、適当な量となったりしますが)、ごく少量で良い場合などは、例としたのはあくまで比率ですので、各使用に際して読み替えてご使用ください。

例)三千本膠半分、ミョウバン3g、水400ccとか・・・・・

何故このようなことを最後に書くのかと言えば、多く出来たからと言って保存使用はしないほうが良いからです。できたら短時間で使い切りましょう。放置したドーサ液は溶かしたミョウバンが水溶液中で再結晶化を始めたり、液中の膠の劣化ということが考えられるからです。支持体の土台となる部分です。繊細に、そして慎重に行いましょう。絵の具を塗る場合など、発色や、筆運びに大きな影響を出します。また作家固有の表現にも関わる部分となるからです。
 
追記: ドーサ液とミョウバンの量について

適度な分量で引かれたドーサは、目的に応じて描きやすく安定な支持体を作り出してくれますが、過ぎたるはナントカの喩え通り

1)引かれたミョウバンの量が多くなると、紙を酸性化し、支持体としての紙自体が脆くなる。
2)効果の出過ぎたドーサ引きは、和紙表面で水を弾き、水溶性の絵の具で描きにくくなる(回避の方法もある)
3)引かれた膠の量が多くなると、紙は柔軟性を失い固くなる。絵の具も割れやすくなる。

<紙幣>の印刷が繊細で滲まず、また丈夫な理由として、使用する紙素材の選び方と同じく、滲みどめ・化学的に作られたサイジング材の良さが考えられます。何も古いものが全て良いと言っているのではなく、もちろん古いままやらねばならないと言っているわけでもなく、時代に即した素材の利用も重要なことだと思います。一方、エコロジーとか環境と文化の関係などを考えるおり、こうしたプリミティブな在り方、存在を今日的にどのように捉え、今に活かす事ができるかというテーマも、そして地域の振興といったテーマも、それぞれこの時代の社会に即した要請のように思います。そもそも日本画と呼ばれる存在の特徴的なことの一つに、使う材料・道具を自然との共存の中で生み出し、ごく最近までプリミティブなままに敢えて長い年月使い続けてきたことを思います。そこには何かしらの選択があったのだと思うのです。