1912年(大正元年) | 9月24日 報恩積善会設立 所在地:岡山市下石井305番地 初代会長 田淵藤太郎 就任 「貧民救済事業新設届」を県知事に提出。 同年12月「貧民収容届」提出。 |
1913年(大正2年) | 1月「養老部届」提出。収容救護を開始 2月「岡山市大福座」で収容救護事業の必要性を説く。 事業資金調達の為、吉備楽慈善演芸会を開催する。 |
1915年(大正4年) | 岡山県下各学校へ巡回公演活動を開始。 岡山市4番町へ自宅移転。 |
1918年(大正7年) | 岡山市南方96番地に収容棟(施設)が完成する。 |
1928年(昭和3年) | 1月田渕藤太郎 逝去(享年54歳) 同月 田淵はつ 第2代会長(施設長兼務)就任 |
1930年(昭和5年) | 岡山市津島笹が瀬3312番地(現在地)に山林購入。 新館建設計画に基づき素手で開墾開始 |
1931年(昭和6年) | 津島の敷地へ30名の居住棟新築、所在地移転。 |
1933年(昭和8年) | 個人土地・建物すべて報恩積善会に寄付し、「財団法人 報恩積善会」に改組。 |
1937年(昭和12年) | 近接山林購入し、納骨堂を建立 |
1945年(昭和20年) | 6月29日岡山大空襲で七軒屋敷地建物消失 8月の終戦後、すべての要救護者を受け入れ、福祉活動を積極的に拡充する。 |
1946年(昭和21年) | アメリカからのララ物資配給により、職員による自給自足の施設生活の底支えが行われた。 |
1947年(昭和22年) | 田渕はつ 僧籍に入る。 2月 第3代施設長 田渕禎一 就任 |
1950年(昭和25年) | 設立40周年事業。居住棟1棟増設、定員60名。 |
1952年(昭和27年) | 5月7日財団法人から「社会福祉法人」に改組 同日「社会福祉法人 報恩積善会」の施設認可を受ける |
1960年(昭和35年) | 第3代会長 横山耐琳 就任 2月14日 田渕はつ逝去 |
1963年(昭和38年) | 「養老施設」から「養護老人ホーム」に名称変更 |
1969年(昭和44年) | ブロック建・居住棟1棟増設、定員75名 |
1973年(昭和 48年) | 7月18日 田渕禎一 逝去 第4代施設長 前田太郎 就任 |
1974年(昭和49年) | 入所者処遇改善のため定員を70名(5名減員)とする。 |
1978年(昭和53年) | 8月 第1代理事長 富田美周 就任 |
1987年(昭和62年) | 12月 第2代理事長 野村弘見 就任 |
1988年(昭和63年) | ショートステイ(虚弱老人短期入所事業)を開設 |
1989年(平成元年) | 施設長前田太郎により3階建て居住棟改築資金の一助とすべく「積善会祭り」を開催 |
4月 第3代理事長 前田太郎 就任 同月 第5代施設長 田渕芳恵 就任 |
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1994年(平成6年) | 9月 報恩積善会後援会 設立発足 |
1995年(平成7年) | 2月 鉄筋3階建本館完成落成 |
1996年(平成8年) | 本館完成に伴い調理施設が拡充され、「会食サービス」を皮切りに「配食サービス」を開始する |
1998年(平成10年) | 4月 第6代施設長 田渕正志 就任 8月 第4代理事長 田渕芳恵 就任 10月 前田太郎 逝去 |
2004年(平成16年) | 第1期工事南館。第2期工事、北館の改築完成。 個室46室完成、入居完了。 |
2006年(平成18年) | 外部サービス利用型措置施設認可。 ホームヘルパーステーション「ほうせき」開所。 |
2007年(平成19年) | 12月1日 田渕芳恵 逝去 12月 第5代理事長 小倉重臣 就任 |
2012年(平成24年) | 9月24日 創立100周年記念式典挙行 |
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