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2/20//2022  材料技法

絵描きの模写について

■ 日本画と呼ばれる絵画の役割とはどんな事があるのだろうと考えます。(もちろん「無い」、もしくは「終わった」なんて考え方もありますね。)この国の伝統的な価値観を伝える絵画と位置づけたり、明治以後の西洋的価値観を受容する日本文化のあり方、現れの一つと考えてみたり。大学入学以来、日本画とかかわり、私自身との関係を考えてきました。伝統と一口に言いますが、継承できるものと出来ないもの、また時代とともに変化するものなどと考える中で、継承できる存在としての素材との関係や模写という作業について。
 
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伝統と呼ばれる存在の具体的継承の姿、あり方として、用いる素材や技術といったことがあげられると思います。そして技術が正当に継承されるためには、その技術的達成目標、価値観生成の裏にあることに思い巡らすことも重要なことだと思うのです。いわゆる「形だけ」にならないために。

材料そのもの、またそれらをどのように使うのかの技術、プロセスの確認。

画像は岡山県立美術館、企画・制作にかかわらせていただいた日本画アートボックス その素材の一部を並べた様子です。
 

 
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描かれた絵を見るだけで使われた技術、手法がわかるためには、見る方にもその使われた素材に関する知識、経験、同程度の技術的背景が必要になります。

描いた作者から直接教えていただくことが可能であれば実現出来ると思うかもしれませんが、実際には基礎となる技術をどのレベルで持っているかが大きな要素となります。

画像は華鴒大塚美術館収蔵の児玉希望作「一鷺栄華」の描画技術を検証するおりに撮影したものです。絵画表面のみならず、パネルに張り込まれた脇、側面も重要な情報、制作プロセスの一部を伝えてくれます。

 
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形については、写真資料など現在のテクノロジを用いればある程度資料としてそれなりのものが求められるでしょう。

しかし、色合いを絵肌も含めて同じように再現しようとするなら、プロセス、そして筆や刷毛などの道具の扱いが大変重要になります。

 
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色が塗られていて完成表面から容易に見えない骨描きの線抽出などは作品が描かれた時代の一般的な絵画技法や、作者の技量をどのように見て取るかがその作業を助けてくれるように思います。

一見、見えないけれど、この部分には必要な線があるといったことがある程度経験を積むとすこしは想像できるようになってきます。
 

 
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単純な作業のようですが、ドーサ引きといった支持体の準備も最初となる作業であるだけに重要なのです。

この作業が必要な要素を満たしていないと後々の作業に影響を及ぼすことになります。
 
もちろん、この作業で用いる刷毛の使い方、動かし方なども基礎となる技術を作っていく一部となります。反復する練習によって使う体が育てられるのです。
 

 
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技術習得に模写を用いるようになってそれなりの時間が過ぎました。

私は、自分が憧れる「絵肌」の実現に必要なことは何かといったことを探す中、同じように描くために必要な要素として材料の使い方、技術を求めたのです。このおり、その実現には作業スピードが重要であることを発見したのです。(憧れる作者の行った)同じ時間で作業を行わない限り、同じ絵肌は実現出来ないのです。以前書いた「水の時間」の存在です。私が日本画の素材をある種の価値観を持って用いるときに必要な重要な要素と考えるものなのです。
 
画像は、大学で学生が行った若冲模写の裏打ち前の様子です。
指導のポイントは、形をなぞるのではなく新しく自分が描くつもりで描くこと。そのためには材料の扱い、筆の使い方、刷毛の使い方、制作プロセスの理解が重要になります。
逆に形(描くもととなる下図、お手本)がすでにあれば、上記に上げたことが出来るようになればある程度それらしきものが可能になってくるのです。
 
やっと今回の記事のポイントまで来ました。
模写にも2種類あるという話を学生にします。
一つは文化財保存のための模写。もう一つは「絵描きの模写」。

私が話し、指導しているのはこの「絵描きの模写」なのです。
かつて絵描きたちが行ってきた多くの模写は、自分自身のための技術習得や、憧れの価値観に近づくための試みだったように思うのです。もちろん、もう一方の文化財の継承としての姿も必要なことと思いますが、私がワクワクするのは、「絵描きの模写」なのです。
 

 
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木材の上に描くことも、ある意味で基礎的な事がわかっていれば、そして筆の使い方ができていれば可能になります。なんら特別なことはありません。

こうしたことを可能とする技術こそが共有、継承する基礎となるもののように思うのです。そこには素材を大切にすることや、「水の時間」を共有することで広がる共感といったものにつながるように思うのです。