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7/26//2010  材料技法

日本の肖像画

■ 奈良の大和文華館で「特別展 日本の肖像画」を見たのは、1991年秋の事でした。当時住んでいた東京から関西を訪問するにあたって、せっかくだからといくつか回った展覧会の一つです。あれからほぼ20年の歳月を経て、<あのときの!>と、思わずにいられない出会いの体験。日本画の伝統と価値観、粉本の役割について。
 
大和文華館 特別展 日本の肖像画 展 カタログ表紙
>> 大和文華館 特別展 日本の肖像画 展 カタログ表紙 (23.49KB)

左画像はそのおり資料にと求めた展覧会カタログの表紙です。有名な源頼朝像(現在では別人ではないか?という説もあるそうですが)を連想する立派な藤原光能像がとりあげられています。

私自身の制作といえば、画学生生活を終えてから描いた人物画は数えるほどで、具象画ではもっぱら花鳥風月、風景画が多く、あとは水の記憶シリーズとなかなか向き合った制作をしてきませんでした。

だからといって人物画を忘れていた訳ではなく、素敵だなと思う表現については、おりにふれ、こうして資料を集めたり、展覧会を見に行っていたのです。
 

 
特別展 日本の肖像画 大和文華館 出品目録表紙
>> 特別展 日本の肖像画 大和文華館 出品目録表紙 (18.52KB)

展覧会は、一休宗純像(墨斎筆)、鷹見泉石像(渡辺華山筆)など誰もが一度は眼にしたであろう作品の他、平安末から鎌倉、室町、江戸の肖像を時代を追って集めた意欲的な展覧会でした。

この時の私の興味は、一番最初に紹介している画像、カタログ表紙の肖像のような表現でした。

技法他、線の使い方、絵の具の塗り方、絹への定着等じっくり見た様に思います。しかし、だからといって直ぐに自分の制作にことさらに反映させるという事も無く、唯時間だけが過ぎていました。

つい先日、倉敷市立美術館でお話をするため資料を調べました。

教養講座「日本画って何?」個人のめざめ 6月6日
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2010/060902/index.html

教養講座「日本画って何?」伝統と現在 7月4日
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2010/070701/index.html

多くの池田遙邨資料に触れるうち、模写や「粉本」に対する興味がむくむくと私の中でわいて来たのです。学生時代の通り一遍の知識しかなかった部分、卒業してある程度の時間が過ぎた今となって色々な事がつながり始めた事を感じるのです。

小野竹喬の制作も同様、同じ岡山県出身の日本画家、京都に学んだ彼らの中の私の知らない重要な何か。

今回は模写をどのような意味合いで画家が行うのか?という興味の中、「型」が持っている意味や教育に置ける役割、粉本という言葉がさす対象、また具体的には池田遙邨が大量に残した大和絵模写の資料の意味など、それぞれ実作に触れる事で見えて来た事があったのです。

 
土佐家の肖像粉本 像と影 榊原吉郎 松尾芳樹 著 発行 京都書院
>> 土佐家の肖像粉本 像と影 榊原吉郎 松尾芳樹 著 発行 京都書院 (26.92KB)

京都の若い画家(山下さん感謝です!)に、模写における言葉(林 司馬さんの言葉)を教えてもらう機会を得ました。ちょうど少し前、林 司馬さんの模写実物を間近で拝見したばかりでもあり、それらの言葉は、よりリアリティーをもって伝わったように思います。またそのおりに粉本のことについて書かれた本がある事を教えていただきました。

左画像はその本の表紙です。<土佐家の肖像粉本 像と影 榊原吉郎 松尾芳樹 著 発行 京都書院>平成10年の発売のこの本、読んでみれば、どこかで見た絵があるではありませんか。なんと!最初に紹介した大和文華館での「特別展 日本の肖像画」展で一部展示されていた京都市立芸術大学芸術資料館の所蔵品のそれをもとに書かれた本だったのです。

痛快な現代日本画への言葉もあり、楽しく、また興味深く拝読させていただきました。私がやっと思い至ったことなど、この世界ではとっくのとうに見つけられ、ずっとずっと昔には当たり前だったということをただただ知るばかり。

我が身の勉強不足と言えばそれまでですが、もうすこし世の中全体の話として伝える場があってもよいように思いました。

大和文華館 季刊 美のたより No.96
肖像画粉本 土佐家粉本の意義 と題された文章の最後、榊原吉郎氏が書かれている様に<日本絵画史は、これまで見る人の側にたって構築されて来たきらいがないでもないが、土佐派絵画資料を見る限り、画家たちが師匠から伝授される画法をどのように理解し、どのように意識してきたかを考察できる段階に達しているように思われる。(中略)日本絵画史の研究はその根底に流れる作者側の論理をこれまで看過しすぎてきたのではなかろうか。>


日本絵画が社会にとって意味のある存在として認めてもらうためにも、伝統といった大きな言葉だけで片付けずに、具体的な技術の話、確かに一般には難しい印象となることも多いかも分かりませんが、それを噛み砕き、租借した説明こそが今こそ求められている事の様にも思うのです。その説明のための言葉、素晴らしい手がかりがこの「粉本」を巡る話の中にありそうに思う今日この頃です。