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1/24//2012  材料技法

尾形光琳 国宝「紅白梅図」描法再現の記録

■ 昨年12月放送<NHK BSプレミアム「極上美の饗宴」「シリーズ 琳派・華麗なる革命 黒い水流の謎〜尾形光琳“紅白梅図屏風”」>の番組内で紅梅を描法再現して描く機会をいただきました。撮影は制作行程全てに渡っており、放送されなかったカットもかなりありますが、限られた放送時間の中でコンパクトに解りやすくまとめてくださったと感謝するばかりです。放送後、「白梅は?」との声もいただき、私自身もこの際と白梅を暮れから1月中旬にかけて制作しました。その過程、思った事、そして、、、、などを画像で紹介します。
 
パネル、本紙の準備
>> パネル、本紙の準備 (26.38KB)

1:原寸大のパネルを作りました。画像は下張りの後、ドーサ引き、裏打ちした本紙を袋張りにした様子です。本物そっくりの模造品を作る訳ではありませんので、本紙の選択については現在手に入る紙で紙自体が薄く、また箔が綺麗に見える様な素材という事で白麻紙の2号を選びました。裏打ちは二度行っています。
 

 
フノリと膠のブレンド
>> フノリと膠のブレンド (30.4KB)

箔を貼るのに際して、私は過去、膠だけで貼って来ましたが、紅梅制作で使用した本紙がドーサ抜けしやすい紙だったため、保険の意味も含めて今回初めて糊を混ぜて箔押ししました。結果は膠だけで貼ったときよりも肌合いがやさしく、また捨膠もかなり省略出来、メリットの多さを感じる事になりました。白梅制作も条件を同じにしています。糊だけで貼る地域、手法もあります。また今回の様に膠と混ぜる手法も、そしてもちろん膠だけという手法も。それぞれの意味を感じながら臨機応変に使い分けたいと思っています。ちなみに膠にフノリを混ぜるのは接着面が乾燥して付きが悪くなるのを防ぐため(乾くのを遅くするため)です。表具では<ショウフ糊>や<フ糊>が使われます。ショウフ糊とフ糊の用途の違いは、その接着力の使い分け、違いだそうです(※吉備国際大学 文化財保存修復学研究科 棚橋映水さんより :また、ショウフ糊でもこの用途に使う事が出来るとの事でした。ショウフの方がより強く接着出来る、言い換えるならフノリはより簡単に剥がす事ができるのだそうです。)

 
中村さんが作ってくれた銀箔をあかしています。
>> 中村さんが作ってくれた銀箔をあかしています。 (51.64KB)

江戸時代の厚みを模して作った銀箔(by 株式会社 中村製箔所 中村 賢良さん作成)。大変薄く、現在の銀箔を扱う様には行きません。紅梅作成では初めて使う薄さであり、硫化をさせる時に何らかの不純物(あかす時に使うワックス、油)が、反応の妨げにならない様にと水だけで運びましたが、部分的に修正に使った所、大きな差が認められなかったため、作業効率アップの為に今回あかして使っています。
現状売られている裁ち切りの銀箔は厚すぎて重く、<あかうつし紙(商品名)>に着きにくく、この薄い銀箔は逆に金箔の様にあかし易いのです。

※一般的に西洋での箔の扱われ方として、例えば彫像や装飾としての立体、絵の背景などに見られますが、前者は全て金で作ったようにあたかも見せる素材として、後者もやはり金の板に描いた様に見せるために使われている様に感じます。厚い方が貼付けられた素材の質感を覆い隠し、金属としてのそれに早く近づけられるのです。洋箔、3倍箔などと呼ばれる箔のあり方です。一方、今回の様な薄さを求めるやり方というのは、貼付ける素材自体のテクスチャーを余す所無く浮き上がらせるところに意味があるのです。あたかも金で出来た紙、絹を作り出す素材としての箔なのです。日本文化、価値観を捉える時に大切な視点の様な気がします。

基底材のテクスチャーを余す所無く映し出す薄い箔は、修正、補修にも有効です。
※ 問い合わせ 株式会社 中村製箔所
http://www12.plala.or.jp/nakamuraseihaku/index.html

 
箔押しの補修、隙間を埋める
>> 箔押しの補修、隙間を埋める (39.26KB)

2:銀箔を先ず押します(貼ります)。
 
※紅梅制作にあたって、本物を詳細に拝見させていただきました。今回の制作では、銀箔の縦横をそろえ、格子状に貼っていますが、本物を詳細に見ると、効率よく計画的に貼れる様にそのあたり柔軟に対処している痕跡を箔足に見つけることが出来ました。なるべく箔そのままの正方形、もしくは長方形で貼れる箇所を多く出来るように配置し、三角形などの不定形は最低限にしていたのです。銀箔押しは、後に硫化するいわば下地仕事、制作者ならではの考え方、対処と思った次第です。(正方形はもちろん箔本来の形、このままの形で使うことが出来れば一度で一番大きな面積を箔で押す事が出来ます。長方形については直線で切ればよいのでこれも無駄が出にくく効率的に押せます。一方、カーブ形状、三角形は、箔の無駄が出やすく手数が増える形なので、なるべくそういった形で貼らねばならない箇所を最低限にするべく計画的に貼っていたのです。)

 
ドーサによる流水の描画
>> ドーサによる流水の描画 (37.02KB)

3:防染剤(硫化反応を起こさせない様にマスキングする材料)については、まだ研究者の間で継続課題となっている様ですが、再現を行った絵描きとして考えると

 a:光琳は書の達人である。琳派の価値観、継承の意味を考えても、この流水を描くのに光琳が運筆の技術、それも高度なワザによって行ったというは当然の成り行きと考えられる。その場合、銀箔上で書と同じ様に筆を動かす為には、濃墨のような手応えの液体が使いやすいと考えられ、その粘度も含め、ドーサ水が実験結果、機能を考えても適当と思われる。 (※個人的に琳派は、記録するメディアである毛筆の文化を、形骸化した形から離れ、基本に立ち返り、再発見し、その時代に応じた価値提案として再生した作家たちと捉えています。 また、化学変化によって描いた流水が白く残り、それ以外が黒くなるという姿も、書の伝統、拓本による学習を考えた時、毛筆の表現である流水があたかも拓本のような様相を見せるこの技法は、宗達よりもより書にたけた光琳を意識させます。同時にその筆の実現している速度、確度の高さはそのことを確信犯として行った光琳を思わせるのです。)
 
 本物を見せていただいたおり、流水の部分を詳細に見て行くと、平行に筆を二度三度と重ねずらすことで太い線を実現している痕跡を見つける事が出来ました。見たのが硫化による表現を実験してからということもあり、その反応の違いに着目してみる事が出来たのです。同時に画面から筆を上げる時に穂先が乱れた跡なども見つける事が出来ました。はたして型染めで行うとしたらこの運筆、筆跡によって起きる濃度差の表現や筆抜きの部分の再現など、どのように実現するのだろうと逆に疑問がわきました。

 
硫黄粉を蒔きます
>> 硫黄粉を蒔きます (70.05KB)

4:硫黄粉を蒔きます

硫化による銀の黒変については学生時代より知っていました。当時は<六一〇ハップ ※商品名>という硫黄溶液を使って銀を硫化させたのですが、水に溶かし、薄めての使用ということもあって、ドーサによるマスキングは容易にその水分によって浸食され、シャープなエッジ表現とはなりませんでした。また溶液の濃度が薄ければ反応が遅く、同時に赤、茶、青、玉虫などといった反応色が見られ、濃ければ早く反応はするものの一面の漆黒というよりは場所によって斑も生じ、赤茶けた色も見られたのです。また反応させている表面の乾燥にも注意が必要でした。水分が認められている時と反応具合が変わるのです。
もう一つのやり方として知っていたのは、新聞紙で硫黄粉を挟み、その上からアイロンをあてることで熱を硫黄粉に加え、気化させた蒸気で新聞紙の下にある反応させたい銀箔をいわゆる”燻す(いぶす)”ようにも思える手法です。しかし、これもなかなか均一な反応面を得るのは難しく、偶然性を越えて結果をコントロールする事は難しいものでした。

今回、硫黄粉を使った無水による反応を知り可能性を感じたのは、まさしくこの部分、シャープなエッジ表現と均一な反応結果、加えて反応後の色の良さが容易に得られるからだったのです。現在販売されている硫黄粉は石油から化学的に作られたモノとか。江戸時代なら火山、温泉で採取された鉱石を砕いて使ったのかも解りません。火薬を作る材料でもあったことですし、当時から素材として存在していたと思われます。

※!注意!※ 硫黄粉、もしくは硫黄溶液を使っての作業では、状況によって有毒なガスを発生する場合も考えられます。また硫黄粉自体を直接吸い込むことによる健康被害にも注意しなければなりません。このサイトでの技法紹介他はなんら安全を保証するものではありません。もしこのサイトで紹介している情報を参考に作業、実験を行う場合、くれぐれも実施者が全ての安全に配慮し、他の方にも迷惑のかからないやり方を考え、あくまで実施者の自己責任において作業してくださることをお願いいたします。(2月7日追記)※!

 
反応箱で3日間反応させます
>> 反応箱で3日間反応させます (52.48KB)

5:三日間の反応時間

吉備国際大学の馬場先生が興奮気味に反応サンプルを我が家・アトリエに持ち込まれたのは昨年の5月初旬でした。拝見したおり、最初何が凄いのか解らずとんちんかんな対応に終始したのですが、マットな黒いものの上に部分的に銀箔を貼ったように見えたそれが、実は銀も黒も同一平面、同じ一枚の箔であり、単に化学反応によって質感の違い、シャープなエッジが実現されている事がにわかに理解出来なかったのです。

このことが理解出来た瞬間、「これで光琳の紅白梅図に見られる様な流水を実際に描いたら面白そうだ!」となり、夏8月、私はアートガーデンでの個展発表となりました。また吉備国際大学の馬場先生、棚橋さんはその成果をもって6月に奈良で行われた文化財保存修復学会へ臨まれ、大きな反響を得たのです。

※江戸にあそぶ 銀の硫化による技法紹介
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2011/072901/index.html

東京理科大の中井先生による紅白梅図調査研究も佳境を迎えたころ、アートガーデンでの「江戸にあそぶ」と題した個展での発表がNHK担当プロデューサーさんの目に止まり、今回の話に繋がりました。

 
反応箱を開け硫黄粉を落とします。
>> 反応箱を開け硫黄粉を落とします。 (74.57KB)

6:反応箱を開けて硫黄粉を取り除きます。

硫黄の粉は細かく紙の繊維に絡み付きます。乾燥した季節ということもあって取り除く刷毛にも静電気で吸い付いて来ます。夏の実験時はこのあと水洗いを行い取り除くことを行いましたが、はたして全て取れたかかどうかについては微妙な所です。その後強力な電動ブロアーを手に入れた事もあり、荒落としが終わったあと、今回は最期の仕上げとして吹き飛ばして終わりとしました。

※光琳の時代、このようなブロアは無く、もし本当に硫黄粉を使ったとしたら水洗いなどを行ったとしても、紙の表面にかなり硫黄分が残ったと思われます。その残った硫黄分が、、、、、、、、、(この辺りは最期に)。

※ちなみに反応作業が終わり、こうして取り除いた硫黄粉は再利用が可能です。反応具合によっては銀箔表面の安定ではない微細な硫化銀が取り除く硫黄粉に混ざり、再利用時にいくらかの影響が出る可能性も考えられます。

反応は銀箔の銀自体と硫黄が直接触れる事によって硫化銀となる化学反応です。間に何らかの遮る物質がある場合はこの反応が起きない事を使った技法です。ただし実際の作業では硫黄粉は空気にも触れていますので空気中の酸素と結びついたり、また水素と結びつく事で生まれる硫化水素による反応もいくらかはあるのかもわかりません。

※注意!!硫黄粉は大変微細です。健康への影響他、発火の危険もあります。吸い込んだり、火災とならないよう、取り扱いには細心の注意が必要です。安易な気持ち、準備で作業をしないでください。もし技法を試す場合には、十分な準備をし、全て作業される方自身の責任によって行ってください。

 
反応の終わった銀箔の部分全体にドーサを引いて保護皮膜を作りました。
>> 反応の終わった銀箔の部分全体にドーサを引いて保護皮膜を作りました。 (47.11KB)

7:反応の終わった銀箔部分全体にドーサを引いて保護皮膜を作る

残った細かな硫黄粉を画面で落ち着かせる目的と、表面に皮膜を作り保護膜としました。ドーサ水が乗る事で刷毛により細かく傷ついた表面も落ち着き、よりハッキリとしたコントラストを見せてくれています。

 
銀箔流水部分の完成
>> 銀箔流水部分の完成 (44.19KB)

銀箔流水部分の完成

※箔を貼る順序に着いて:銀箔を張り、そしてその上に金箔を重ねている部分が本物に見られる所から、貼る順序自体はこれで合っていると思われます。ただし金箔を貼るタイミングについては、この硫化による化学反応前に貼っておくという考え方もあります。当初、金箔に含まれる銀成分がこの化学変化の影響を受けない様にと今回のように硫化後に金箔を貼りましたが、私が行った他の実験では金箔を貼ってから行ったケースもあり、目立って大きな影響は出なかったのです。水金箔でも同様に実験を行っていますが、反応こそすれ銀箔の様な目立った変化にはなりませんでした。

本物では、この重なった部分の金箔に赤い色が浮いて出て来ている箇所がありました。はたしてこの赤い色は何か?硫化した銀箔の上に金箔が乗ると何らかの変化が起き、赤い色が金箔表面に現れるのではないか?。反応後に金箔を貼った箇所にも出てくることがあるし、同時に重ねて貼っておいてその後反応させた箇所にも出て来ます。ただし、一方で反応しない箇所もそれぞれあったりと、このあたりは研究者方々の調査研究を待ちたいと思います。

 
金箔を貼る下地として染料、黄土などを塗っています。
>> 金箔を貼る下地として染料、黄土などを塗っています。 (54.41KB)

7:金箔下地を塗る

金箔のピンホール、傷などを目立たせなくするため、本紙を染める様に着色しています。

 
金箔をあかうつし紙に
>> 金箔をあかうつし紙に (44.29KB)

8:金箔をあかす

薄い縁付きの金箔をあかうつし紙にうつしています。
昔は箔合紙に椿油などをつけて自分で紙を作成し行いましたが、現在は<あかうつし紙>として最初から商品化されているモノがあります。

 
金箔の余りなどを取り、集める。
>> 金箔の余りなどを取り、集める。 (116.35KB)

9:金箔押しの修了

金箔を貼り、穴などの補修を行いました。
それぞれの段階で出る金箔の余りなど。
テレビ放映後、「落とした金箔、銀箔は捨てるの?」と聞かれましたが、これらは集め、ビンなどに入れて保存しておき、砂子などを蒔く時の材料としています。

※古い作品に見られる金箔の状態の秘密に着いて <箔のはなし>
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2011/101301/index.html

 
金箔が貼り上がった様子
>> 金箔が貼り上がった様子 (38.65KB)

10:貼り上がった金箔の上にドーサを塗りこれから行う<たらし込み、描画>の土台を作ります。

厚い金箔を貼った場合などでは、次に金泥を全体に塗り「照り止め」としたりしますが、薄い和紙に縁付けの箔ということでドーサだけで充分良い発色となりました。ドーサによって金箔の色が変わるというのも今回よい体験となりました。馬場先生曰く、金沢辺りでは昔から知られた事で、ドーサなどの表面処理を行うと「一号(箔の格が)上がる」などという表現があるそうです。

 
たらし込みによる描画1
>> たらし込みによる描画1 (41.84KB)

11:松煙墨と白緑青などを使ったたらし込みによる描画。

水を使う描画だからこその表現、毛筆・運筆の価値観(このサイト内、筆の達人 など、材料技法の項参照の事)をその基本にもどって再発見したのが俵屋宗達ではなかったか? 狩野派のように形による継承も意味のある事、一方、光悦の存在あって書の上で行われた再発見をプリミティブに絵に生かしたのが宗達だったのではないか?そんな事を思います。

光琳はそのどちらもを一人で行った人。

時代が今に近くなればなるほど多くの人に求められるのはスピード感。F1レーサーよろしく運筆の速度を確かさをもって上げたのが光琳。しかし、重要なキーは「水の性質」この部分においては平安時代も、江戸時代も今も変わりません。ということは、水を使った技法である<たらし込み>を昔の人と同じ様に試みようとするなら、水の性質の制限によって同じ時間が必然的に求められるという事。

 
白梅を胡粉を使って描く
>> 白梅を胡粉を使って描く (35.94KB)

12:描き込み仕上げ

良い発色をさせる為には筆の使い方、水の使い方が大切となります。
それこそがこの国の価値観。

流水の描画、運筆では光琳の身体ということを意識させられました。
光琳は肘が上がっているのです。私はというと肘が下がり、それによってカーブの腰が低くなる。梅の枝を描く時間、我慢の時。光琳もじっくりと引いたのです。もっともそれが当たり前。たらし込みが出来るという事は濡れているという事。それだけの水分をとどめる筆運びがされているのです。これは今も昔も変えられない事なのです。

人間の痕跡、記録機としての古いメディアの面白さが今ならではの形で捉えられる様に思うのです。

さてさて、完成した姿については、放送されてから公開予定。^^

 
赤い流水の秘密
>> 赤い流水の秘密 (45.02KB)

番外編:赤い流水の秘密考察 

本物を見せてもらった時の私の感想はというと、思いのほか白梅、紅梅の花がリアルで小さかったという事でした。図らずも「かわいい」とその場で発してしまったのです。まさしく自然を間近にしている人間だからこその描写が感じられたました。さて、流水の部分はというと、先にも書きましたが筆の痕跡、自分が知っている硫化銀らしき変化が確認出来、この部分はOK!。一方、流水部全体に広がる粉の吹いた様な質感が気になりました。何か塗ってあるんじゃないの?

当初はガンボージや染料系のものを混ぜた何かが塗ってある様に感じたのですが、その後こちらに帰って実験を続けるうち、一つの事に思い至りました。元々知っていた硫黄溶液による反応です。型染めのように見える程のシャープなエッジ実現に無水の反応が有効だったにせよ、はたしてそれだけだったのか?光琳がやらなかった(実際に描いてみて、出来上がった姿を見る限り、私は光琳は銀と硫化銀の黒、そして金、たらし込みの描写という形で完成したと思います。)にしろ、この300年の間に他の誰かがやったかもわかりません、、、、。

※硫化による表現その2
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2011/112301/index.html

 
銀に硫黄溶液をぬって化学反応を起こさせ金色に変化させる実験。
>> 銀に硫黄溶液をぬって化学反応を起こさせ金色に変化させる実験。 (52.01KB)

ケース1:銀箔を化学変化させて金箔の様に見せる技法。金が銀より一段上の存在、高価な存在だとしたら、光琳以外の誰かが試みたかも解りません。

ケース2:描かれてから300年の経過の中で間には戦争もあり、その保存、収蔵の過程で何かあり、修復が加えられた時に不可抗力でなったのかも解りません。

ケース3:300年の時間経過によって、防染剤として使われた材料(ドーサか何かは解らないとしても)が経年変化し、表面に残った硫黄によって微弱に反応が進行したのかも解りません。

硫黄は石灰水などのアルカリ溶液に溶けるのだそうです。制作の過程で使われ画面に付着し残っていた硫黄がなんらかの状況下でそういった存在に溶け出し、それで画面を拭かれたとしたら、防染剤を溶かして、、、そんなことも考えられます。


 
薄い硫黄溶液で流水部分をなでてみる
>> 薄い硫黄溶液で流水部分をなでてみる (79.09KB)

薄い硫黄溶液(硫黄分を含んだ温泉水のようなもの)を作って同じ様に描いた流水部分を筆でなでてみました。結果は、三つ上の画像で見ていただいた通りです。

水溶性であるドーサが次第に溶け、表面の皮膜が弱まった箇所から弱い硫化が始まり赤く変化します。運筆の痕跡、箔足の重なりなども反映される様です。人為的な変化だけではなく、300年の時間経過の中、防染剤の変化によっての事かも解りません。

他の実験で、このまま乾燥させるとマットな質感が表面に現れることも解りました。当初本物を見た感覚とも近い状態です。

はたして300年の経過、秘密の一端、もちろん全体像ではないにしろ、少しは近づけたのかも解りません。あとの解明は研究者の方々に期待です^^。


※NHKBSプレミアムで放送された「黒い水流の謎〜尾形光琳“紅白梅図屏風”」のダイジェスト版が<1月25日午前10時5分〜 NHK総合 歌うコンシェルジュ ゲスト美輪明宏さん>の回に放送予定です。
※紅白梅一双として完成した姿は、追って<2月5日午前9時〜NHK Eテレ 日曜美術館>で公開放送される予定です。この時も調査、制作風景のダイジェストが放送されます。

 
描法再現紅白梅図(2月5日掲載)
>> 描法再現紅白梅図(2月5日掲載) (109.69KB)