児玉希望作「一鷺栄華」の描法
技法確認の題材に選んだのは、左画像 児玉希望作「一鷺栄華」(昭和30年頃の作)です。華鴒大塚美術館蔵の児玉希望作品の内、保存状態も良好であり、またわかりやすい図柄、古典的な材料の使い方の特徴的な要素が見られることが選定の理由となりました。 また実際に制作を試みようとした場合、必要とされる絵の具も代表的なものばかりで、現在でも手に入れやすいということも選定のひとつの理由となりました。
展覧会に際しての新たな写真撮影で額縁から外された状態を調査する事が出来ました。普段は見ることのできないパネル側面も多くのことを教えてくれます。紙質、墨を使うタイミング、金泥の載せ方など。また現在の画面サイズよりも大きく、仮張りに貼られて描かれたこともわかります。
使われた絵の具、色合い、厚み、作業工程などを調査しました。ぼかす場合の量、方向、面積なども書き込みます。一つ一つの作業を理解し、その順序を考えることがこの段階では重要になります。「たらし込み」が見られること、金泥などの発色の具合、表面の滑らかさなど、紙に紙漉きの段階で出来たと思われる簀の跡の様子から鳥の子系の紙ではないか?と考えましたが、白鷺を正確に再現するため下図を写しとる必要性と、使い勝手の良さから薄美濃紙を用いて制作を行うこととしました。
上げ写しを使ってお手本となる画像資料から必要な線を拾い上げます。胡粉を何層にもわたって重ねた白鷺の身体、トレーシングペーパーを透かして見ただけではその下にある線描きを見つけ出すことは難しいのです。またたらし込みの見られる柳もその描かれるべき位置の確認用に線、輪郭を拾い出すのです。左画像は、上記のようにして鉛筆によって描かれた下書きから再度上げ写しを使って墨による線描きを行っているところです。もちろん柳の部分、太い枝など、最終的に輪郭線が見えなくなるような部分は当たりを確認する薄墨による線としています。 ※画像は、華鴒大塚美術館の三宅学芸員が線描きを行っている様子です。
少し強めのドーサを引いた薄美濃紙に線描を行います。この時、特に墨の濃度に注意し作業を行います。白鷺に用いられている墨の線描きは、完成した状態でも透けて見えるように、ある程度の濃度が認められます。墨の濃度の使い分け、またガイドとしての線などその線を描く意味を考えながら作業を進めます。
地獄打ちによる裏打ちを行い、そのままシナベニヤに仮張りします。画像はその後、「黄土の具+墨」による地塗りを行っているところです。現在展示しているサンプル製作の画像で、サンプルごとの色、条件を揃えるため、同じ黄土の具を塗っています。 会場で見比べた所、少し黄色みが強かった(黄土の量が多かった)というのが反省点です。ちなみに、線描き、裏打ちが終わった次の工程として、はたしてこの黄土の具が引かれたかどうか、またその濃度については確証はありません。しかし実物を見る限り白く感じられる部分にも厚み、抵抗感を感じます。また小野竹喬による技法ノートに泥絵の具のみで作品を仕上げることを想定した時(胡粉、白緑、金泥、墨などの細かい絵の具のみで作品を仕上げてしまう場合)、こうして全面に黄土の具を薄く塗るというのは一般的なことだったという記述もあり、「地塗り」を行っています。※小野竹喬 日本画の技法と素材http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2011/020701/index.html
描く対象物のボディーとするべく、胡粉による下塗りを行っています。画面下部、横に伸びる枝もこのあとたらし込みによって具体的に描かれるのですが、本物を見た折、白い胡粉の存在を感じたため、薄く下塗りをしています。芙蓉の花、白鷺、薄く均一に胡粉を塗っています。この行程を「下塗り」といいます。
次に行うのは、胡粉と墨による画面全体の調子作りとなります。全体に水を引いてから胡粉、墨を必要量部分的に置き、刷毛で撫でるようにして画面の上で伸ばし必要な調子を作ります。暈しという技法です。画像は現在華鴒大塚美術館で行われている展示の様子です。1:墨と胡粉による背景の暈し 2:金泥による背景の暈し3:青金泥による背景の暈し1〜3の行程が終わった段階が右から4枚目の状態です。これに薄墨、金泥、青金泥を使って「たらし込み」による描き込みを行った段階が右から3枚目の状態となります。
胡粉による描き込みを白鷺、芙蓉に行います。白鷺は、描く自分から見て一番遠くから手前に来るほど絵の具を重ねるように「片暈し」を使って塗っていきます。芙蓉もまず胡粉で最終的に白くなる部分は厚く、ピンク色(某絵の具の洋紅+胡粉)の部分は薄く塗り、最初の胡粉が乾いた後、ピンク色を片暈しを使って塗り分けます。
サンプル制作の過程で、どうしてもこのピンク色の部分について色の確認、また金泥などの分布、胡粉の厚みを確認する必要を感じ、無理をお願いして一度並べて見る機会をいただきました。ピンク色の色味が鮮やかすぎることがわかり、修正することが出来ました。資料写真だけを参考にしていると見落としがちになる部分です。同時に鷺の胡粉の厚み、濃度差などを確認することも出来ました。「たらし込み」の上から青金泥、金泥による暈しがあることも確認出来、この調査をもとにより描き込みを進める事が出来ました。
一度目の調査で確認した「たらし込み」の部分の上から青金泥をかけた暈しのようす。
頭の部分、黄色みを入れたり、グレーによってくちばしの部分を下塗りしたり、洋紅;墨+胡粉による渋い臙脂色をくちばしの部分に塗ったり、細部を仕上げていきます。羽の胡粉による線描き、筆を動かす速度に注目し、胡粉の濃度を上げてエッジの効いた線にします。緑の部分は白緑を用いています。
花びらの脈を面相筆を使って描き入れます。絵の具は洋紅です。墨、胡粉、黄土、場合によってはより黄色に近い絵の具も必要とするかも分かりません。足、爪なども描き込みます。芙蓉の花が前に飛び出して白鷺の邪魔となるようなら、芙蓉の胡粉濃度、白が明るすぎるのかもわかりません。こうした場合、薄く金泥がかかることでトーンを落ち着かせることが出来ます。こうした作業を昔は「金汚し」と言ったと読んだことがあります。あとは細部を調整して完成となります。背景を作るときの胡粉と墨による暈し、金泥、青金泥の暈しなど、水をいかに使うかが勘所となります。表面的なコピーを作ることが一番の目的ではなく、どのように児玉希望が作業したのかを推論、そしてそれを理解して作業することが絵描きの模写の大切な勉強となるのです。はたしてこの取組、皆さんにはどのように見えるでしょう。是非、華鴒大塚美術館に足を運んで比べて見ていただければ幸いです。下塗りと上塗りの関係があまりにも固定されたことから来るマンネリの打破も日本画の革新の一つの動きでした。川合玉堂の門下であった児玉希望、筆意を捉えた表現ということを感じる体験となりました。※川合玉堂著「日本画實習法」http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/k2mokuji.html
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展示だけではわからない部分、作業の行程を紹介します。
※児玉希望展
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/topcontents/news/2013/102201/index.html