絹本制作と裏彩色 その2
ここ数年、気になっているのは、用いる絵絹、絹自体が昔と何か変わったということです。絹に積極的に取り組み始めた頃、絹織物会社の方から実験的な絹を供給、支援してもらいました。絹本に取り組んだことが少ない方でも紙の様に扱える絹、伸び縮みが少ない絹、裏打ちパネルばりした絹などいろいろありましたが、絹本来の素材の魅力を考えた時、昔の様に絹枠に張って描くやり方が私にはとても魅力的でした。絹枠に張る事で、絵を描く部分は空中に浮く事になり、絵の具や墨を刷毛や筆で描く時、たわむ様にそれらを受け止める触感は、けっしてベニヤパネルの上に張った状態等では得られない発色、線を生み出してくれる様に思います。また、裏側が制作中に見え、アクセス可能だからこそ裏彩色も出来るのです。同時に、暈すおりの水の含み、乾燥についても大変大きな意味を持っています。これらは描く技術と密接な関係を持っているのです。 さて、何が変わったのか?まず、感じるのは絹枠に張った絹にドーサを引くおりに、昔の様にドーサ液が絹糸にしみ込んで行く感覚が無い、もしくは弱い絹に出会う様になったことです。すでになんらかの滲み止め、織物の素材としての絹糸に何らかの加工があるのではと感じる事があるのです。そして、描き上がったあと、これまでと変わらない材料の使い方、描法を行っているにも関わらず、絹糸表面から絵の具が層として剥がれるようなことが起きたりします。全てではないのですが、こうした絹とおぼしき場合は、ドーサを表面から引いたら即座(乾燥させず湿ったまま手早く)に裏返し、裏からも一気にドーサを引きます。そうすると、裏から引くおりには表からのドーサが呼び水のような働きをし、しっかりとドーサが絹糸にしみ込むのです。表から引き完全に乾かしてから、裏からもドーサを引くというのとは違います。何故?このようになったのか。織物として機械で織るおりに何かあるのか、もしくは糸を作る時に何かあるのか、定かではありません。湯引きをするとか、安定な定着を行う為に工夫が必要な様に思います。現在、私の場合は、使う絹、ドーサを引く段階でその触感、様子をたよりにそれぞれ対処をしています。
私が学生の頃、頼朝像模写が行われ、昔の絹を模したものが織られました。実験的に織られた絹等そのあと手に入れ、試して描く事が出来たのですが、大きなサイズでのそれは、大変不自由な存在でした。こうした絹をとてもうまく現代らしい表現に生かされた作家が高山辰雄さんのように思っています。糸と糸との感覚が広く、またその糸自体も硬いのです。水の含み方、縮み方も違い、かなり苦労しましたが、当時100号程度の大きさを仕上げました。そのおり、メッシュの粗さをどのように乗り越えるか苦心したのですが、その後、こうしたおり寒天を塗って絵の具を滑らかに塗れるようにする方法がある事を知りました。上記画像は仏画の裏彩色に使われた色を確認するべくテストを行ったおり、寒天のひきかたによってどんな違いが出るかをテストしたものです。
寒天のみの下地に群青の背景を作ることを行ってみた様子です。主題となる兎の形は江戸時代の文様から求めました。ドーサ引きの薄美濃紙で面蓋を行い。刷毛によって均一な群青を塗っています。
面蓋を剥がしている様子です。下地の寒天の塗り方に寄って、シャープに形が抜けたり、抜けなかったり。また面蓋をドーサ液で貼付けるか、ショウフ糊で行うかも関係がありそうです。
このようにして背景を刷毛むらなく塗る方法もあるのです。なお、このあと、黄土下地の上に金泥を塗ったもの、そのまま絹地に金泥を塗ったものなどを作り、裏彩色として朱、朱土、丹、などを試しました。表から見たおり、裏彩色の色に関わらず、金泥の発色として一番私が好ましく感じたのは、この絹目を埋める為に一番多く金泥は必要でしたが、寒天、黄土下地を作らない手法でした。
描画手法として、絵の具の発色自体を生かそうとするなら明暗の使用はなるべく控えた方がよく、多くの場合、輪郭線、線描のみを骨書きとします。ただし、茄子のように濃い色の対象を描くおりは、先に墨による調子づけをする事に寄って絹の持つ光沢感や透明感の表現に適した素材感を生かした薄塗りが出来る様に思います。
墨の使い方、胡粉の発色。牡丹を題材に研究していた頃の絵です。裏彩色として黄土の具を塗っており、花びらの胡粉、わざと墨を入れた薄塗りの背景によって、画像では解りにくいですが、裏箔を行った様に見える背景となっています。物体の表現としては、花の表現等、すでに遠近感の意識、西洋的空間経験もあって現代の奥行きを持っている、、、、クラシックな様式に見えて、現在につながる表現と考えていた頃です。伊藤若冲の表現等、墨の使い方等も少し参考に考えている頃でした。
絹を使うメリットとして、水との親和性があげられます。暈かしを行うなど、滑らかな変化表現に適しているのです。また絹自体の魅力、透けたり染まりやすいといった性質によって、薄塗りによる表現がより意味を持つ様に思うのです。
蛸は何度か試みた画題です。すでにこのサイト記事でも紹介していますが、東京から岡山に越して来て現物にふれることが変化を呼ぶということを実感した制作でした。裏彩色も少し違った形で行っています。 軸装として仕上げました。
絹の表現サンプル、裏彩色の結果について解りやすく説明する為に作ったものです。墨の使い方、胡粉、染料系の絵の具、金箔 染めた裏打紙暈かしの効果等が一目で分かるように作ってみました。2008年、東京の佐藤美術館での技法講座で使う為に作り、その後もいろいろな所で解説に使っています。
裏彩色に黄土の具、そのほかの色を使ったサンプル表からも染料系の透明色、墨や不透明色を塗って効果を実験しています。
裏箔を実際に行ったもの。同じ平面上で、裏から黄土の具を使ったものと金箔を使ったものを実際に比較する事が出来る様に作りました。黄土の具が良い効果を出す事がわかります。(画像では確認が難しいかもわかりませんね。)
裏から行っている様々。裏彩色、裏箔、染め付けた肌裏、具絵の具様々。
たかが平塗り、されど平塗り。刷毛の毛の厚み、軸の太さ、しなり。絵の具の含みとともに、その柔らかさと基底材の関係には深いものがあるのです。
暈かし刷毛 毛の長さも実は重要な要素になるのです。絹が織物であり、枠に張られているからこそ可能な使い方ともこの毛の長さ、堅さが重要な意味を持ったりもします。※駆け足でしたが、絹と裏彩色の関係で思い浮かんだ事等覚え書き。※絹枠張り、ドーサ引きなどの実際は、このサイト技法講座、参考図書の項などにあります。※このサイト 絹関連 まとめ絹本制作と裏彩色 その1 2010年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2010/121801/index.html 絵絹について(その1)材料技法 2001年 既成サイズ他http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/image/2001/062401/index.html絵絹について(その2) 絹枠に張る 2001年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/image/2001/071701/index.html絹枠に絵絹を張る 絵絹について(その3)2008年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2008/110601/index.html基底材の準備 その1・絹枠を張る 日本画講座 2009年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2009/031402/index.html※このサイト ドーサ関連 まとめドーサについて 2001年9月http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/image/2001/092302/index.htmlドーサの引き方 材料技法 2009年4月http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2009/042601/index.html基底材の準備 その2・ドーサ引き 日本画講座 2009年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2009/031501/index.html日本画実習法 第三編 一般画法 川合玉堂「日本画實習法」より 2009年http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/newcon/news/2009/072601/index.html※検索ページ キーワード 絹 などで検索すると関連項目が出ます。http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/topcontents/index.html※制作 屏風 絹本 紙本 画像クリックで詳細表示http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/byobu/index.html※制作 絹本 紙本 画像クリックで拡大表示http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/move/sample/index.html
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最近では古い材料、技法を積極的に試される若い方も増えて来たようで、情報不足からか、講演や技法講座、ワークショップを頼まれるようになりました。そんなおり、話だけでは伝わらない事、その場では出来ない作業も多く、実物を見せられるようにと資料をいくつか事前に用意するようになったのです。
資料制作や、絹を使う上でちょっと気になっている事他。